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板橋区民、初秋の板橋区を駆け抜ける。

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そろそろ涼しくなるらしいけど、ホントかよ!と疑いたくなりますね。

今週初めから、板橋区役所一階ロビーのギャラリーモールにて「板橋区平和宣言35周年記念展示」のパネル展が始まった。板橋区民の元へ、区役所の総務課から成増飛行場の写真借用の依頼が来たので、貸し出しをした。

展示が始まったので、確認のため、コロナ渦下でもあり近づかなかった板橋区役所へ久しぶりに出向いた。それにしても、我が赤塚郷から区役所へ行くのは面倒くさい。練馬区独立の原因の一つが区役所までのアクセスの悪さだった気持ちがよく分かる。途中、上板橋の教育科学館近くにある平和公園内に建設が進んでいる新・板橋区立中央図書館の前を通ったが、計画は順調なようで、外観はほぼ完成時の姿を現したようである。

区役所に着き、早速、ロビーの展示を拝見する。お題が板橋区平和宣言なので、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害と核のない世界を目指す取り組みのパネルが並ぶ。その中に板橋区内の戦時中を紹介するパネルがあり、空襲被害を伝えるパネルの対面に成増飛行場のパネル(3枚目の写真)が掲示されていた。

解説文は、これ以上ないくらいの簡素さであったが、実は当初の解説はこうではなかった。写真の確認のために送られてきたのが4枚目の写真で、その文面を見て即座に総務課へ資料を添付し返信メールをした。訂正を申し入れたのは、「47戦隊は1中隊12機x3中隊と予備機を合わせ約40機程度を配備していた。」こと、「貴殿の解説では47戦隊全てが特攻を主務としていたと誤読されるので、書き直していただきたい。」の2点であった。正解は「47戦隊は帝都防空を主務としており、その中から空対空の特攻隊員(震天制空隊)も選ばれた。」である。

なぜこんな解説になったかと言うと、総務省のH.P.の東京都各区の戦時中に関する記述にそう書いてあったからで、担当者はそれをそのままコピーしたのだろうと推察できた。要は総務省のH.P.の説明が間違っているのである。さすがに戦隊全てが特攻を主務とするのは違うと思ったのか訂正されたが、総務省のH.P.には戦隊機の定数については記載はなく、その部分の解説記載は削除されていた。なにを根拠に70機となったのかは、わからない。

板橋区民は、やれやれまたかよ、とため息をついた。せっかく資料を添付したのだが、所詮は市井の一般研究家の送った資料なのである。権威の書いた、あるいは認めた資料に「約40機程度の二式戦が配備されていた」と確認できなければ、訂正されることもなく削除されるのである。まさにお役所の考えることだ。朝日新聞の記者並みにとは言わないけれど、せめて”根拠(=出典)はなにか”とこちらに問い合わせてくれれば良いのになあと、虚しい気分を抱えたまま板橋区役所を後にした。

 

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