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⭐️祝!板橋イオン(旧・板橋サティ)開業20周年vol.7⭐️〜マイカルの危機。どうなる?サティ建設。〜

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明日、東京の緊急事態宣言解除の可否が判断されるようですが、社会が正常に動き出してくれないとホント困ります。

 

1998年、大木伸銅は東武練馬駅北口一帯の開発に協力することを断念、マイカルと組み、単独開発の道を歩みます。企業側の立場にたてば、板橋区のみならず南口側の練馬区や北町商店会や東武鉄道と一緒になって開発を進めたら、何年、いや何十年かかるかわからないし、下手をすると公共のために土地の一部を提供せねばならず、大損する可能性もあるわけで、冗談じゃない!といった気持ちだったかもしれない。もともと東武練馬駅一帯の土地はワイら大木一族の土地やねん!後から住み始めて商売始めてなに言うとんねん!と思っていたのかどうかは定かではありませんが、地域住民のために理想的な開発を行い、みんなで幸せになろう(はあと)なんて優しい世界は幻想に過ぎなかったのだ。

しかーしである。その単独開発すら危うくなる事態が勃発したのである。1999年2月8日、マイカルは財テクの失敗により保有する株式が650億円もの含み損を抱えていたことが発覚した。が、実際にはそれ以上、株はすでに1084億円もの評価損が発生していた。その結果、拡大路線イケイケドンドンの会長派と、軌道修正を進める社長派との争いが起こった。そして、軍配は社長派に上がり、10月13日、会長は退任に追い込まれてしまったのだ。会長の退任同日、マイカルは8月の中間決済を発表し、創業以来初の減収減益となったことを発表した。そして、リストラを加速し赤字店の閉鎖と新規出店の絞り込みを決めたのである。

さて、新規開発予定であった東武練馬の板橋サティ計画は宙に浮くのか、運命やいかに・・(って開業するのはわかってるじゃん)。結局、答えとしては、大木伸銅は土地をマイカルに売却することはなく、建物も自前で建設しそれをマイカルに賃借する、という方法を選んだのである。マイカルにしても、多額の資金を投ずる必要もないし、地元とのイザコザも大家に任せる道を選んだのですね。

 

てなことで、後は建設反対派との現実的な条件闘争に移るだけとなった。

 

 

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