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⭐️祝!板橋イオン(旧・板橋サティ)開業20周年vol.4⭐️〜2020.S.H.期間特別公開写真〜

Photo_20200510091301

ここでちょっとBreak Time.

今までことあるごとに板橋イオンができる前まで、東武練馬駅北口は地味で”灰色の街”だったと書いてきましたが、それもすでに20年以上昔の話。知らない方には想像できない風景であり、古くからの住人の記憶からも薄れつつある景色でもある。そこで、秘蔵の写真を公開しましょう。

これは大木伸銅工業徳丸工場の全景空撮写真で、撮影された年代を推察すると、左下の白い建物は東武練馬中央病院で、昭和42年3月竣工。斜め前の畑には現在ファミマがありますね。中央病院ができた時は、畑にいきなり白いビルが出現して驚いた記憶がある。当時はここら辺りまでが畑の限界線だった。その右手端に徳丸湯の煙突と建物の一部が写っており、ここは現在パチンコ屋だ。北口交差点の現在ミスドのあるビル(すし清)が建設の途中で、東上線のホームも10両編成以前の時代であることから、おそらくは1975年前後と思われる。

空撮は天気の良い日に行われたようで工場の白い建物が目立つけれど、全体に灰色の街といったイメージがおわかりいただけるだろう。工場敷地内の建物で一番古いものは、2本並んで立つ煙突の左手、換気扇の3つある灰色の建物(第二圧延工場)で、昭和17年の建設だ。それより古いのが工場をぐるりと取り巻く塀で、創業当初の昭和8年に建設されたもの。正門前、徳丸湯の煙突の隣の白い建物は大木伸銅工場の本部で、現在も変わっていない。ほとんどの方は板橋イオンの建物はイオンのものと思うだろうけれど、大木伸銅が土地と建物を賃貸管理しているのである。

 

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