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2019年も年末なので、今年のお宝No.-1を発表する。

とうとう2019年も年の暮れ、押し詰まってまいりました。

そんなこんなで、年末恒例、今年1年間に板橋区民が収集したお宝の中から、No.-1を発表いたします。それでは・・

・・ドコドコドコドコドコドコドコドコドコ、ジャーーーン!

紹介します!本年のお宝オブ ジ イヤー イーズ・・

 

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「成増陸軍飛行場終戦直後の平面図」に決定!!

うん。異議なし、文句なし、お宝間違いなし、である。

成増飛行場の工事が始まったのが1943年8月(一部は7月から)。10月に滑走路が仮設置され、付帯設備が整い予定の通りに完成したのが1945年1月である。現在、練馬区発行の書籍などに記載されている成増飛行場の図は、飛行場大隊に所属していた方が秘匿していた軍極秘資料に載っているもので、成増飛行場が完成した姿である。しかし、その姿は飛行場の存続した2年間のうちのわずかな期間でしかない。

飛行場の1943年10月時点での姿は、占領した島嶼部に急造された野戦飛行場のようなもので、かろうじて戦闘機が離発着できる程度だった。それから飛行隊のピストや格納庫、本部や兵士の宿泊所や食堂や射撃場や対空機関砲などなど、飛行場としての付帯設備の建設が始まったが、完成した時にはすでに東京空襲が始まり、その空襲の標的にならないために、飛行場設備の一部を破壊せねばならなかったのである。

今回のお宝は、終戦直後、おそらくGHQに提出するために作成された平面図をコピーした物と思われる。当時はもちろん現在のようなコピー機はなかったので、「青焼き」とよばれる湿式のコピーで作成されている。ごらんの通り経年劣化が進み、ほんの少し残った文字の陰影を読み取る作業が必要だ。ざっと観察すると、建物などは日本語と英訳で表記されており、伝承通り本部建物などが破壊されているのが確認できた。

 

前回、飛行47戦隊の写真史が発刊されたことを記事にしましたが、年月が経ち、当時のことをリアルに経験した方々からの情報を得ることが難しくなった反面、現在だからこそ出てくる資料もあります。さて、来年はどんなお宝に出会えるのでしょうか、楽しみにしながら新年を迎えたいと思います。旧年中、当ブログ「板橋ハ晴天ナリ。」に訪れていただいた方々、また、素敵なコメントを残していただいた方々に感謝をし、皆様が穏やかな年を迎えられますように念じつつ、少し早いですが、2019年の締めの記事といたします。

 

 

 

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