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板橋区民、浴場跡に立つ。

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台風の影響も去り、秋めいてきたような気持ちもする今日この頃。

板橋区民は温泉が好きだ。人生の最後は、温泉に浸かりながら終わっても良いと思っている。至高であると信仰する泉質は、硫化水素臭の充満する(危険)白濁の硫黄泉である。別府の明礬温泉、万座温泉、奥鬼怒温泉郷、白骨温泉、鹿の湯etc‥がそれらに値する。(草津温泉も良いけど熱すぎるのが難点) 我が赤塚郷から一番近い白濁硫黄泉は、箱根の強羅温泉か栃木の喜連川早乙女温泉だけれどいずれも遠方にあるので、普段は近場の温泉かスーパー銭湯へ出かけることになる。板橋区民の独断で選ぶなら、さやの湯処、スパディオ、サイスポ、スパジャポ、極楽和光、王様志木、ちょっと遠いけど三郷のめぐみの湯がラインナップに上がる。

板橋区民が一番利用していたのは、赤塚新町にあった「おふろの王様光が丘店」だけれど、悲しいかな昨年6月に閉館してしまい、建物は壊されてしまった。あれから一年有余、跡地には板橋区内にもいくつか店舗を持つ、中堅スーパーチェーンのコモディイイダが建てられた。店内を覗くと什器類の設置もほぼ終わっているようで、オープンも間近だろう。

さて、我が赤塚郷には、今から約90年前にもスーパー銭湯が存在していた。それが「兎月園浴場」である。当時のパンフレットには、「アルミニウム含有の鉱泉」と泉質の紹介がされている。鉱泉は秩父方面ではよく見かけるが、成増あたりで削掘すると極楽和光のような黒湯か茶色っぽい塩化物泉の古代海水由来の温泉が出ると思われるので、当時の温泉の基準はわからないけど、井戸水を無理やり鉱泉に仕立て上げた感がしないでもない。

兎月園の大浴場は、パンフレット絵図の池の湖畔右手真ん中にあった。現在は住宅が密集する地域(練馬区旭町3-2あたり)だが、土地が一段低くなっているので、ここにはかつて池があったんだ、と意識して周りを眺めると、往時の風景が想像できるかもしれない。当時、対面の大滝を眺めながら浸かる温泉には、さぞかし癒されたことだろう。

 

 

もしもこの大浴場が現在まで残っていたなら、間違いなく都内屈指の温泉として紹介されるだろうし、板橋区民も足繁く通うだろうなあ。。

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