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板橋区民、夏を感じる。2019・その2

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今年の梅雨は”長い”と感じますね。
前回、同じテーマで記事を書きましたが、それは、行きつけの無人野菜販売所に大好物の”枝豆”が並ぶと夏を感じる、と言う話でした。
実は、もう一つ夏を感じることがあるのだが、それは、8月の終戦記念日前後の時期に企画される戦争関連についての協力依頼だ。当ブログでは、アジア・太平洋戦争(大東亜戦争のことを最近ではそう呼ぶらしい。)時代の板橋区についての記事をupすることが多い。特に、現在の練馬区光が丘地域に存在した「成増陸軍飛行場」については力を入れている。そのせいで、ネットで当ブログの記事を見たマスコミや自治体など様々な機関から質問をいただいたり、掲示写真の貸し出しの依頼が増えるのがちょうど今頃なのだ。
先日はラジオの文化放送より依頼があり、成増飛行場について知りたいので、コンタクトできないかと連絡があった。8月下旬O.A.の予定の番組内の一部で成増飛行場のトピックスを取り上げたいとのことであった。
板橋区民としては成増飛行場のことを取り上げていただくことに否はないので、承諾の返事をした。番組のナビゲーターはアメリカ人のアーサー・ビナードという方が担当するので、彼も同席するとのことだった。
・・アメリカ人ねえ。。まあ、戦争の相手国の目線でこちらのことを語ろうとするのかな、どうせ当時の日本側の事情もよく分からないだろうし、成増の部分は10分程度の時間配分ということで通り一遍の年表解説くらいでいいか、と思いながら待ち合わせに指定した光が丘図書館へ向かったのである。
図書館へは20分以上前に着いたが、郷土史のコーナー近くのテーブルで、外人と日本人が重ねた資料を熱心に見ている姿があったので声をかけると、正に待ち合わせ人である文化放送の記者氏とMr.アーサー氏であった。図書館内なので小声で挨拶を交わし、郷土史コーナーにパネル展示してある成増飛行場の全体図を指差して、まっ、こんな感じの飛行場ですと解説を始めた。しかしいくら小声のつもりでも図書館に来ている人は敏感になっており、ちらちらとこちらを伺う視線も気になるので表にでた。
表に出であらためてお二人と挨拶を交わした。アーサー氏は1967年、アメリカ・ミシガン生まれでニューヨーク州のコルゲート大で英文学を学び、基本的には”詩人”を名乗っておられる。大学卒業後来日し、そのまま日本人の奥様と結婚し、約30年近く日本で暮らしている。アーサー氏は細面な方で、今日は光が丘まで自転車でやってきていた。光が丘へは、NHK講座の英語講師として何度も来たことがあるそうだ。
表へ出て、図書館と体育館の間にある、「平和の碑」の前へ移動した。まずはこの碑のいわれを説明しようとすると、すぐにアーサー氏は碑の解説文を読み始めた。なんと漢字と平仮名片仮名混じりの文面をすらすらと読み進めてゆくではないか。日常会話程度は当たり前と思っていたけれど、とんでもない方だった。
板橋区民はアーサー氏とは初対面であり、背景も全く存じ上げなかったが、別れ際に名刺代わりにいただいたご著書を持ち帰って拝読してみると、いまから4年前、戦後70年にあたる2015年から番組絡みで戦争体験者や関連の方々へのインタビューを重ねてこられ、真珠湾攻撃に参加した搭乗員、強制移住させられた日系人、樺太にいた方や硫黄島、沖縄戦で生き延びた兵士、駆逐艦「雪風」乗組員、広島長崎の原爆被災者、GHQで働いていた方などなど、時にはガダルカナル島へまでも取材に行っておられ、有名人も、ちばてつや先生、高畑勲氏始め錚々たる方々と会い、板橋区民など足元にも及ばない方であることを知った。
成増陸軍飛行場は、1942年4月のドゥリトル空襲がきっかけとなり企画され、12月までには現在の光が丘一帯が候補地に決まり翌1943年夏に建設工事が開始、10月に主滑走路完成、12月下旬までに飛行第47戦隊が移動。以降激しい訓練により10名以上が事故死し、1944年11月より本格的なB-29対空戦闘が始まり、空対空特攻隊である「震天制空隊」結成、6名が特攻死、1945年5月下旬に47戦隊は九州方面へ移動、1月頃から沖縄方面特攻隊「振武隊」の訓練基地を兼ね、5月上旬から成増にて振武隊の編成も行われた。6月以降はあまり飛行機の離発着も行われず終戦を迎えた。その後、連合軍に接収され米軍家族住宅「グラントハイツ」となり、1974年に返還、現在の光が丘公園と高層団地群の街へと生まれ変わり現在に至っている。
と、まあ以上の大雑把な歴史を踏まえアーサー氏への解説とした。詳細は省きますが、さすがアーサー氏は詩人だけあり、「光が丘はのどかな農村地帯、特攻隊のいた飛行場、アメリカの基地など三層の歴史の上に存在しているんですね。」と感想を述べておられた。
この記事を書いているちょうど今の時間、文化放送ではアーサー氏の番組がO.A.されており、板橋区民のiMacに繋いだスピーカーからは先日お会いしたアーサー氏の軽快な語りが流れている。さて、成増飛行場についてアーサー氏がどんなことを感じたのか、O.A.の日が楽しみである。

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