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板橋区民、冷静に分析する。

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6月も終わりですが梅雨らしい天気が続きますね。
板橋区民は今年3月の初め、元帝都防空飛行第47戦隊第3中隊桜隊所属の将校空中勤務者であった石原少尉とお会いした。石原少尉は幹候11期で、操縦者としては経験が浅く、本格的な戦闘に参加したのは1945年2月16日に行われた、アメリカ側で言うところの「ジャンボリー作戦」が最初だった。
「ジャンボリー作戦」とは、米軍の硫黄島上陸を前にして行われた、関東地方を中心とした日本陸海軍基地を米空母艦載機によって掃討する作戦だ。桜隊は朝食の後に出撃、千葉の八街付近で米F6Fグラマン6機を眼下に発見、上空有利な位置から1〜2撃を加え、全機撃墜するという大戦果を収めた。
‥と言うのが現在まで語られている事だ。この話を大きく取り上げたのは戦史家の渡辺洋二氏で、氏は1980年代の初め頃に元47戦隊の空中勤務者等を訪ね、この日の空戦の様子を聞き取った。渡辺洋二氏は日本側や米軍の資料も丹念に調べて誌上に発表するため、信頼度も高い方だ。板橋区民も昔から著作を読み、勉強させていただいていた。
さて、今年は2019年、元号も令和の御代に変わった。平成を通して世の中に大きな影響を与えたのは、何と言ってもインターネットの急速な発達だろう。昔は”ウイキペディア?そんなシロウトサイトに書いて有ることなど信用できないわ”なんてことが常識だったけれど、いまではそんな声もかき消された感がある。検索サイトやグーグルマップの無い時代にはいまさら戻れないだろう。そのおかげで、ちょっと前までは専門家でなければできなかった学術的な調査も、やる気があれば素人でも相当な所まで調査が可能な時代となった。
前振りが長くなったけれど、インターネットの時代になって、あらためて1945年2月16日の八街上空の戦闘を検証してみよう。問題は、桜隊は本当にF6Fを6機撃墜したのか、ということだ。渡辺洋二氏のご著作でも、実はこの点については日本側の記録と、桜隊隊員の聞き取りのみで描いている。
昔、板橋区民は47戦隊本部勤務で、空中勤務者から戦闘詳細を聞き取り、戦闘報告書を作成していた宇都木少尉にこんな話を聞いた事がある。「各戦闘機の戦果はね、敵機に向けて機銃を撃ったらそれは撃墜、という判定にされていたんだよ。」実際、石原少尉から伺った話でも、「敵機に向けて射撃をしたけれど、一撃しただけで脱出したので地上に激突するのは見ていない。」とのことであった。
敵機撃墜の戦果報告が実際よりも多く報告されるのは日本側ばかりではなく、それは米軍側でも同じだ。ではどうやって真実を確かめればいいんだろう‥それを調べる方法の一つは、未帰還機の確認だ。これは、日米共に確実にカウントしている。ネット上に公開されている「POW研究所」というサイトでは、日本空襲における米側の損失機の研究が行われ、未帰還の爆撃機や艦載機の詳細な情報が載せられている。その情報を参考に、2月16日に6機以上のF6F未帰還機を出した米空母と所属中隊を調べると、「USSベニングトン・VF-82中隊の6機」のみであった。
この結果を、米空母艦載機による日本空襲の戦闘詳報を調査されている「連合国海軍による日本本土空襲」のブログ主催者さまに尋ねてみると、この日、VF-82中隊は厚木方面を攻撃しているので該当しないのでは、とのことであった。それではと、5機〜3機未帰還となったケース(エンタープライズ、ハンコック、ホーネット、レキシントン、ランドルフ、ワスプ)はどうであろうとお尋ねしてみると、数が多いのでちょっと待ってね、と暖かいお言葉をいただいており、現在調査中だ。(主催者さまに感謝)
渡辺洋二氏が調査されていた時代は、国会図書館の憲政資料室にある膨大なマイクロフィルムの中から該当の米軍戦闘報告書を探し出さねばならず、また憲政資料室に所蔵されているものは全てではないので、さらにアメリカの公文書館でも探さなくてはならなかった。現在のような調査方法は、インターネットがなければできないことであり、ほんとうにありがたい時代になったものだ。啓志線の調査も同じである。
”桜隊がF6Fを6機撃墜した。”という話の真実も、いずれ解明される日が来るだろう。

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