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2019年5月

祝!令和元年。〜板橋区民、初詣をする。〜

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板橋区民の皆様、令和元年おめでとうございます。

 

本日、5月4日。皇居長和殿にて、新天皇への代替わり初めての一般参賀が行われた。板橋区民は、天皇陛下は日本国の宮司の頂点におられる方と思うので、昭和天皇の頃より一般参賀へは、初詣として参っている。

今回は、前天皇陛下が御退位されての即位と言うことで、お祝いモード全開、テレビを見ると、日本全国でお祭り騒ぎをしているムードだ。一般参賀はG.W.真っ只中に行われるので、相当な人出を覚悟して出向いたけれど、あの広大な皇居前は老若男女善男善女で溢れかえっていた。まだ集計は発表されていないのだが、おそらくは今年新年の明仁天皇陛下最後の一般参賀くらいの人出はあるだろう。

板橋区民は、もしかすると次の時代には生きていないので、代替わりを経験するのはこれが最後かもしれない。もし生きていたとしても、一般参賀が始まるまでの長時間を持ちこたえる自信はないので、やっぱりこれが最後かと感慨深いのであった。

 

大混雑の皇居からの帰り道、東京国際フォーラムのイベントで挨拶をする小池百合子東京都知事を見かけた。こちらはすっかり存在感を無くしてしまっているけれど、来年の東京オリンピック、成功させてくださいね。それにしても今日は、日本国の象徴と東京都の首長に出会えるという貴重な日となりました。

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板橋区民、令和最初のボランティアをする。

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G.W.ももう後半、令和最初のこどもの日はとても爽やかに過ごせましたね。

そんな休日の一日、板橋区民は、地元赤塚郷にある郷土資料館中庭で行われた「鎧着付け体験」で鎧を着付けするボランティアに参加した。今日は天気も良く絶好の外出日和で、却って体験会に来る方は少ないかと予想したけれど、遠出に疲れた方々がたくさんおられたのか、終わってみれば約230人余の方々が訪れ、大盛況に終わった。

使用している鎧はすべて手作りで、ベースは紙製だけれどとても良く仕上げてあり、写真映えする。製作は「赤塚城戦国絵巻武者行列」の方々で、特徴としては、乳幼児や幼稚園児も着用できる特製の鎧を独自に製作しているところであり、大変に好評だ。まっ、好評なのは親にだけであり、肝心の子供は嫌がって泣いたりすることも有りますが。

鎧着付け体験は、毎年5月のこどもの日と、3月の梅まつりの時にも行われるので、ぜひお越しくださいませ。

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練馬区、不思議な空間を創る。

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爽やかな空気の日々が続きますね。まるで夏の軽井沢か北海道のようです。

 

東武練馬駅南口すぐ、旧川越街道筋に、なんとも中途半端な空間ができていた。ここには、少なくとも板橋区民が幼少の頃から布団屋さんがあった。店の中には入ったことはないけれど、貸し布団が主体だったのだろう。昭和の時代まで、貸し布団業は盛況だったように記憶している。あの頃はストライキで泊まり込みも多かったし、旅館などへの需要もあった。

店は数年前に営業を止め、しばらく空き地になっていて、次は商業ビルでも建つのかと思っていたのが、まさか広場?になるとは想像外だった。土蔵?を模したような塀?にはプレートがはめ込まれ、そこには「練馬区立本陣跡地緑地」と書かれている。これが緑地?なのかということはさておいて、緑地の奥には黄金に輝く大根のモニュメントが鎮座している。

モニュメントには説明板が設置されており、「下練馬献上大根碑」との名称であることがわかる。説明文を読むと、”ここ北町には徳川綱吉が幼少の頃に御殿があり、体の弱かった綱吉が一時御殿で療養し、その時に大根を栽培させ、江戸城に戻ってからもこの土地の大根を献上させた。”ことと、この場所に下練馬宿の本陣があったことを合体させて、「本陣跡地緑地」としたらしい。

記憶のみで書きますが、確かこの場所には戦後まで名主大木家の醤油醸造工場があった場所なので、縁があるっちゃあるけれど、それにしても中途半端すぎないか?いや、中途半端な敷地なのでこうなった、と言えなくもないけれど、敷地外の景観が良いわけじゃなし、座る場所があるわけもなく、どうすりゃいいの??って感じだ。

おそらくこの土地は、練馬区に物納されたのだろうけれど、もっとこう、防災関連の倉庫とか立体駐輪場とか活かせる方法はなかったのだろうか。当然、議論はあったのだろうけれど、単に予算がないから取り敢えず緑地にしたのか、とにかくなんだかよくわからない空間だなあ。。

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板橋区民、新中央図書館開館をワクワクしながら待つがその前にミニ知識を書き留める。

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暑い。もう夏なのか。

この10連休のある日、板橋区民がときわ通りを走行していると、平和公園で大きな工事が始まっていた様子を目にした。そうか、ようやく新たな板橋区立中央図書館の建設が始まったかと、感慨を深くした。

現在のときわ台駅北口にある中央図書館が開設されたのは1970年のこと。板橋区民も高校生の頃から何度か利用していたが、さすがに設備が古くなっていたことや、近年では練馬区や北区の図書館のほうが充実している感があったので、いつしか足が遠のいていた。

しかし、ようやく待望の新中央図書館が計画されたのが2013年のこと。それでも噂では地域区民によるいろいろな意見があり建設計画は足踏みをしていると耳にしていたけれど、2020年度中には開館の運びとなるようで誠に喜ばしいかぎりである。

新図書館は地上3階地下1階の作りで、緑の中に佇む公園一体型の図書館となる。板橋区民にとって喜ばしいのは、3階に広い地域資料エリアが設けられる予定があることだ。今でも図書館には地域資料エリアはあるけれど、規模は狭いし、肝心の地域資料が各地図書館に分散していて非常に面倒くさく、常々、”ここに行けば全部揃っている”状態を望んでいたので、是非とも公文書館にある資料も含めて移設してほしいものである。

さらに、東京都中央図書館並みとは言わないけれど、練馬区の光が丘図書館のように新聞検索や国立国会図書館の電子化書籍(国立国会図書館内でしかアクセスできない電子化書籍を含む)を検索できるPCシステムを導入していただきたい。光が丘図書館では、光が丘地域の歴史を扱ったコーナーがあり、独自に情報を集めたり、私家本も置いてありとても充実しているのだ。そこには、板橋区民渾身の私家本、「成増陸軍飛行場記」も置いていただいているのである。区内の図書館でも、たまに地域の方が自費出版した本が置いてある所があるけれど、そのような本も一堂に集めていただけたら、と思う。

 

さて、この新中央図書館が建設されている平和公園には、昔、何があったのでしょうか? ‥そりゃ畑か林だろ。正解。いやいや、そんな近代以前の話じゃなくて昭和の話。

昭和時代、それも戦時中のこと、この場所には「高射砲陣地」が構築されていた。駐屯していたのは、高射砲第116連隊第1大隊第6中隊。6基の7センチ半野戦高射砲が半円状に据えられていた。最近、この近くから高射砲の弾殻が発掘され、郷土資料館に寄贈された。以前記事に書いた「常盤台住民驚く。〜空からP-51Dが降ってきた〜」も、この陣地の放った高射砲弾による撃墜の可能性があるのだ。

戦時中の空中写真を重ねてみると、新図書館の場所には高射砲部隊の付帯設備(宿舎等の建物)があり、戦後は、東京教育大学の桐花寮として使用されていたようだ。一番東側の高射砲の台座がギリギリ工事予定地にかかりそうではあるけれど、なにか遺物でも出てこないかな、と期待している。新図書館開館の暁には、是非、ここに志村地区防衛のための高射砲陣地があったことを、伝えてほしいなあ‥

 

 

 

 

 

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レジェンドウィーク始まる。〜多摩湖でふざけるな‼︎〜

板橋区民はいま、多摩湖にいる。ここに来るのは40年振りかな?高校のマラソン大会で来たような気がする。

当時はたしか多摩湖と言う駅名だったと思うが、現在は西武球場前駅だ。当時、ホームの駅名標の平仮名がイタズラされて、"たまご"になっていたのを憶えている。

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そんなことで、西武球場、いや、現在の名称であるメットライフドームに来ている。野球観戦をしにきたのではない。レジェンドアーチストのライブコンサートに参加するのである。そのアーチストとは‥

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結成40周年を迎えた、サザンオールスターズである!

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さすがサザン、コンサート開始時間まであと2時間もあるのにグッズ売り場は人でいっぱいだ。

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メットライフドームは初めてだが、こじんまりとしていて東京ドームより全然見やすい。スタンドの最後列だったけど、ゆったり見られる。

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コンサートは午後5時から始まって8時半に終了した。途中休息も無しで3時間半ノンストップで歌いきった桑田さんはすごい!会場もノリノリで、アンコールの”渚のシンドバッド”は観客も一体となり、大盛り上がりだった。もちろん、板橋区民も拳を振り上げながら歌い、舞ったのであった。

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レジェンドウィーク始まる。〜ENCORE‼︎は永遠に。〜

 もう梅雨入りといった感じですね。。

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板橋区民はいま、利尻ラーメンを食べている。熱々でとても美味しい。だからと言って利尻島にいる訳ではない。

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そう、ラーメン博物館のある新横浜にいる。これから横浜アリーナで行われる、レジェンド小田和正コンサートに参加するのだ。

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もう何度目なんだろうか、今回も前回と同じく立ち見参加だけれど東の端の位置で、入場する前はがっかりだったが、おお、花道コーナーの至近距離!これは期待しちゃうぞ!

 

 

 

コンサートは21時終了、約3時間、いつもながらパワフルなステージで、小田さんも夏が過ぎればオン年71歳を迎えるのだが、花道を走りながら歌うスタイルは変わらない。アンコールの「また会える日まで」で、目の前の花道を歌いながら歩いてきた小田さんに向かい握った左拳を振り上げ手を振ると、なんと!小田さんと目が合い、小田さんも左拳を上げ答えてくれた。

んなの気のせいだろ?

いや、バラード曲なので他に回りで拳を振り上げている人はいない。小田さんは、確かに板橋区民に向かって答えてくれたのだ。。

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⭐️貴重資料は突然に!⭐️板橋区民、令和最初にして最高のお宝資料を手に入れる。〜赤塚郷最新発掘速報付き!〜

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板橋区民はやはり”持って”いる。24時間常に念じていると、こんな貴重資料に出会えることもあるんだなあ。。(しみじみ)

今回、板橋区民の元へやってきた資料は、成増陸軍飛行場の平面詳細図である。テトリスのような形をした成増飛行場の図は、防衛省図書館に所蔵されている防空関係の資料にも残っているが、詳細な図面については、元第43飛行場大隊の関係者が残した極秘資料の中に記載されている物が唯一であった。

手に入れた平面図は昔の青焼きの複写物で、残念ながら経年劣化により文字が非常に読み取りにくい状態にある。作成された経緯を想像すると、表紙には英語でNarimasu A.F.とあり、中にある図面に描かれた付帯設備の名称にも、例えば「厠 Toilet」のように英称が併記されているところから、終戦後にGHQへ提出するために作成された平面図と思われる。このような図は他にも、板橋区立郷土資料館に収められている第二造兵廠の平面図がある。

この平面図の詳細な解析はこれから行うが、極秘資料の図と比較すると建屋がだいぶ減っており、米艦載機により空襲が始まって以降、建物の取り壊しが行われた様子が伺え、そのことからも終戦直後の状況を示す平面図であることがわかる。

それにしても劣化が著しく、すぐに対処しないと図や文字が消えてしまう恐れがある。取り合えずコピー専門業者に持ち込んで相談してみよう。

 

 

さて、最新の発掘ニュースをひとつ。

つい最近、我が赤塚郷、成増5丁目のマンション建設現場から、平安〜奈良時代の横穴式墓地が2基発見された。しかも横穴だけではなく、人骨のある状態で発見され、遺骸の周りを小石で囲むなど装飾がなされているとか。板橋区内としてはこの時代の墓は初めての発見で、詳細な調査が進められている。同時代の板橋区は非常に人口の少ない(人の住んでいた痕跡の発掘が極端に少ない)時期であり、調査結果が楽しみだ。

 

 

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