« 板橋区民、赤塚郷の部分日食を撮る。 | トップページ | 1945年1月9日。 »

板橋区民、昭和を撮る。

197911

 松の内も過ぎ、お正月気分も抜けましたね。

今年は平成31年。本日1月7日は、昭和天皇がお隠れになってからちょうど30年目にあたる。

板橋区民が天皇崩御のニュースを聞いたのは、ニューヨークにいた時だった。テロ事件で崩壊したワールドトレードセンタービルにほど近い場所で、日本で速報が発表されてすぐに、こちらのラジオでも一報が流れた。その日の夜は、現地のテレビでも特集が放映され、翌朝のニューヨークタイムスなど新聞の一面も昭和天皇死去が大きく取り上げられていた。WW2当時の元首で最後まで存命であったのだから、それはそうだろう。

という状況だったので、板橋区民は昭和の終わりを実体験していない。すでにフジテレビのスーパータイムはNYでリアルタイム放映(朝8時ころだったかな)されていたので、崩御前の状況から大喪の礼までのニュースは一通り見ていた。ついでに言うと、板橋区民は日本でのいわゆるバブル時代も経験していないのである。(ここらへんのことは、いつか別建てで語りたいと思う。)


掲載の写真は崩御の10年前、今からちょうど40年前の1979年、昭和54年正月の一般参賀で撮影した写真だ。オリンパスOM2に135ミリの望遠レンズを付けて撮った。5月に新天皇となる徳仁親王以下のご兄弟は、まだ長和殿にお出ましになるまえのお年だった。

昭和天皇が崩御されてすでに30年、生で拝したことがある人も少なくなっていると思うけれど、昭和天皇とダイアナ妃とキングオブポップス・マイケルジャクソン、楽聖サー・ポールマッカートニー卿を生で見たことがあるのは板橋区民にとっては自慢の風景になっている。

写真に写る昭和天皇はまだ70代で、お隣の明仁皇太子殿下は40代だ。こうしてみると、天皇陛下はお手が長くすらっとしていたんだな、と思う。お手ふりをする際、手を真ん中から折り曲げてパクパクさせるのが陛下の特徴だった。確か現在と同じく、新年の挨拶をマイクを通して行っておられたと記憶するが、玉音放送と同じお声だったのかと思うと歴史の重みがあり、感慨深い。

新天皇即位の5月1日までに、今上陛下の一般参賀が行われるのかまだ発表はないけれど、このままご退位されるのは寂しい気持ちがする。

それにしても、板橋区民も歳を取ってくるわけで、長時間おしくらまんじゅう状態の中で待つのは辛くなってきた。これからの新時代はどうするか、どうしようかなあ。。

|

« 板橋区民、赤塚郷の部分日食を撮る。 | トップページ | 1945年1月9日。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 板橋区民、昭和を撮る。:

« 板橋区民、赤塚郷の部分日食を撮る。 | トップページ | 1945年1月9日。 »