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板橋区民、東上線の日を過ごす。

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 朝、顔を洗うのにお湯を使うようになりました。


昨日は、板橋区立郷土資料館で談話会「東上線の昨日・今日・明日」が開催された。いつもはすぐに記事にしてUPしますが、推敲もせず記憶のまま書いてUPし、しばしば間違いを指摘されるので一晩インターバルタイムを置きました。


会場前には一時間ほどまえから観覧者が並び始め、開場15分前には長い列となり用意された100席はすぐに埋まり、始まる頃には立ち見の方も出るなど、大盛況だった。さすが、元東武鉄道博物館館長、レジェンド・花上氏がお話をされるだけあり、皆ワクワクして開始時間を待っていた。

談話会は定刻通り13時30分に始まった。冒頭、花上氏は戦国時代からの話よりはじめられたが、これは、交通展を意識してのことだろう。これじゃ時間が足りないぞ、と思ったがほどなく東上線の創業話へ。開業時の路線に決まるまでの経過や、幻の西板線、常盤台住宅、啓志線、昔の車両の話、池袋デパート戦争、有楽町線乗り入れと盛りだくさんであった。

花上氏の話が終わったところで休憩を挟み、現役東武鉄道社員によるときわ台駅改修事業についての解説が行われた。その後また東上線の現役車両の話などを行い、観覧者からの質疑応答で談話会は予定時刻15分オーバーで終了した。

花上氏が人気なのは、少しべらんめえな語り口調で東武への批判を交えながらお話されることで、その遠慮のなさに鉄道ファンが拍手を送ることだ。「東上線はずっと儲かっていて東武を支えてるんだ。だから東武本社に遠慮をしないで、独自の特急列車を走らせたり、イベントをするとかやりゃいいんだ。」との発言にはとりわけ大きな笑いと拍手が起こった。

先週の三田線談話会の時は、講演の最中も人の出入りが激しかったが、今回はトイレに立った方がお一人いただけだった。やはり、歴史も路線も長くエピソードも豊富な東上線の方が熱心なファンが集まったのかもしれない。

それにしても、啓志線の話で、朝鮮戦争時、横浜からアメリカ軍兵士を乗せた列車が下板橋で機関車の付け替えをし、朝霞から側線を使いキャンプドレイクで軍装を整えて、出撃地である九州へ向かった。とさらっと解説されていたが、ちょっと待ってほしい。
板橋区民は一年前、常盤台の蕎麦屋で花上氏と同席し、氏から直接「アメリカ軍兵士を乗せた列車が下板橋で機関車の付け替えをし、啓志線でグラントハイツへ行き、軍装を整えて九州へ向かった。」とお聞きしていた。だから、当ブログ記事にもそう書いたし、それからいろんな人にも話してきたのである。

談話会終了後、花上氏に「話が違うじゃないっすか!」と詰め寄ると、「いや、よく考えると朝霞だよね。ハッハッハ」と一蹴されてしまった。

そりゃそうだろう。グラントハイツはただの米軍住宅地に過ぎず、軍事基地だったキャンプドレイクとは性格が違う。


花上氏は今年6月、東武鉄道から完全に退職(解放)された。高校卒業後に入社し、以来60年間の東武人生だったと語っておられた。お見かけ上はすこぶるお元気で、これからも時々は鉄道ファンを楽しませていただきたいと、勝手ながら願うばかりである。

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コメント

とても充実した談話会でした。
東武に関しては日頃鬱屈した思いを抱えているため一時は参加を迷いましたが、初めて生で聴く花上さんのお話はうわさ通りでした。
横浜あたりで飲むことも多いから、TJライナーにトイレつきの新車両を…のくだりは場内が一番盛り上がりましたが、西武線を意識していらっしゃるのかも?

花上さんは最近まで企業の人であり、人生のほとんどの時間をひとつの会社で過ごしながらも、ご自身が属する組織を客観的に見る、俯瞰の目をお持ちだと感じました。だからこそ、板橋区のイベントでお話されても説得力があり、多くの人を引き付けるのでしょう。

東上線はよくも悪しくも”池袋依存”で生きてきたという趣旨ですね。
都営地下鉄の乗り入れを蹴ってでも、TJライナーはじめ列車を限界まで押し込んでも、どうしても池袋で一旦降ろさせたい。
そう考える勢力が中心となって動かしてきました。その分通過待ちや踏切など、板橋区にしわ寄せが行く構造です。

地下鉄の乗り入れ計画の時代はそのほうがよかったのでしょう。
東武百貨店は大幅増床して、お客さんを集めなければなりませんでしたから。

しかし今どきのご時世、いつまでも池袋にこだわっていたらかえって足元をすくわれかねません。
ネット通販の進歩が極めて速く、高齢化でこれまでの百貨店世代の人が買い物に出かけづらくなる世の中です。
そう遠くないうちに、百貨店は戦前の三越白木屋のように”ハレの日”に行くものになるでしょう。
板橋区の踏切をすぐにはなくせない以上、やはり優等列車をもう少し副都心線に分けてほしいと思います。
東武百貨店は好きだけれど、あえて東上線は使わず、バスの定期券を使って出向くという人もおります。
司会の菅さんが、これから東京に住むのならば東上線の各駅停車区間がお勧めとおっしゃったのはびっくりでした。


そういえば、国際興業バス案内放送がパソコンに替わっていました。
操作しやすくなりました。

投稿: Windy 41 | 2018年11月25日 (日) 20時56分

>> Windy 41さま
コメントをありがとうございます。談話会で行われた内容を補足いただきありがとうございます。また、するどい考察にも感心いたしました。花上氏は生粋の東武人なので、講演会ではしばしばS武のことをライバル視した話をされます。初めて氏の講演会に参加したのは20年くらい前でしたか、当初の頃は「俺は東上線で勤務したことがないのでよく知らんのだよ。」とおっしゃっていましたが、それも昔の話です。

投稿: | 2018年11月25日 (日) 22時29分

 いつも楽しく拝見しています。私は鉄道ファンではないのですが、子供の頃から利用している東武東上線には愛着を持っています。年末になると、毎年「東武鉄道カレンダー」を買い求めていますが、ここ数年、カレンダーの中の東上線の割合が減っているような気がして、残念です。来年分に至っては、6月にTJライナーが採用されているだけで、他の月に東上線は採用されていません。

 私はTJライナーに乗ってみたくて何回か乗りましたが、最寄り駅が停車駅ではないためか、それほど愛着は沸きません。カレンダーの中にはTJライナーのほかに、日ごろ利用している東上線の車両があれば・・・などとついつい勝手なことを考えてしまいます。
 5~6年前に、東上線だけの卓上カレンダー(絵ハガキにもなる)が発売されたときには喜んで買い求めましたが、その際に対応してくれたK駅の駅員の方に、「東上線だけの大きなカレンダーを作って下さい。」と要望したら、喜んで(?)くれて、東上線のシールをおまけに頂いたこともありました。

 が、しかし、それ以降、東上線だけの卓上カレンダーの販売も見かけず、東上線だけの大きなカレンダーの夢もかなわずです。今回の談話会の中で演者の方が「東上線はずっと儲かっていて東武を支えてるんだ。」と話された下りを拝見し、儲かっているのなら、東上線カレンダー作って販売してくれないかな・・・と勝手な夢を見ている次第です。長文、失礼致しました。

投稿: Izumi | 2018年12月 5日 (水) 12時11分

>> Izumi さま
コメントをありがとうございます。”東上線はないがしろにされている。”これは私もそう感じます。ふじみ野にももクロ呼んで盛り上げたやないか(なぜか大阪弁)、とか、川越車両センターでイベントをやってるやないか、とか、ときわ台駅舎だってリニューアルさせたし、決して東上線のことをないがしろにしているわけじゃない、などと反論されそうですが、根本的にはどうも本線よりも扱いが下だと思います。たかがカレンダーくらいで、と東武は思うかもしれませんが、ファンはそんなちょっとしたことで敏感に感じることがあるんです。東上線ファンを名乗るサイトでもそんな議論は昔からみかけますが、東上線の現場や東上業務部に訴えても届かないのは確かであり、広報部もずっと前からアウトソーシング、外部の会社に委託されてますので効果はないでしょう。現実的な行動としてどこへ訴えたら効果があるのかを見定め、直接アクションを起こさない限り事態は動かないのではないでしょうか。

投稿: | 2018年12月 5日 (水) 15時09分

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