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2018年11月

板橋区民、アリーナ席でFRESHEN UP!

相変わらずの秋晴れの日。



夜の帳が下りた東京ドーム。板橋区民は今夜もやってまいりました。そうです、昨夜に引き続き、楽聖・サーポールマッカートニー卿のライブに参加するのだ。



今回のお席はーアリーナーー‥なんだけど、ちと遠い。。
いやいや、ゼイタクを言っちゃイカン。スタンド席は高いので見やすいが、どうしても一体感が足りんのだ。

‥しかし開始から終了までずっとスタンディングなのは辛いなぁ。。いやいや、ゼイタクを言っちゃイカンのだ。



昨夜の開始時間が過ぎたけどまったく始まる気配がない‥



と思たら19時スタート。
直前に矢沢えーちゃんが横を通っていった!



21時半終了。同時にXJapanのYoshikiが前を通り過ぎた。

うん、今夜も素晴らしかった。二夜連続の東京ドーム、ホントに凄いなあ‥

追記ですがポールのコンサートはスマホコンデジ撮影OKです。

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板橋区民、秋を収穫する。

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 秋晴れの日が続きますが、毎日すっきりした青空なのはさすがに秋ですね。

椎茸栽培を始めて一週間。もうすっかり成長して、そろそろ収穫の時期を迎えました。というか、適度に摘まないと水分の奪い合いで小さいまま傘が開いて胞子が飛ぶと良くないとのこと、かわいそうな気もしますが思い切って採っちゃいます。

さて、どんな風に調理して食べようか。小さいものは汁物に、大きいものはそのまま焼くか天ぷらに‥。我が赤塚郷に降り注ぐ陽光と三園浄水場で浄化された聖水で育った椎茸くん達、何にしても美味しいことに間違いない!


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板橋区民、国技館でFRESHEN UP!

今週は不安定な天気が続くとか。



雨が降りそうなそうでないような中、板橋区民は両国国技館にいる。そう、今夜は相撲の聖地で、楽聖・サーポールマッカートニー卿のコンサートが行われるのである。



国技館の周りにはポール卿の幟も立ち並び、否が応でも雰囲気は盛り上がる。



1時間以上待たされたが漸く入場。席はその場で発券方式で、結果、正面だけど2階の最上段に近い席だった。それでも東京ドームアリーナBくらいの近さかな。
もう19時になるがこりゃ開演は19時半過ぎるな。



ステージは19時半スタート。いまは前半終わりの名曲、ブラックバードが終わった。近いせいか大音量で観客のノリも凄いー。映像を映す巨大スクリーンもないので、ライブハウスのコンサートへ来たみたいだ。




21時45分、名残惜しいステージは終わった。これが爆音コンサートかというくらいの音とノリだった。
またポールは来日コンサートをしてくれるのだろうか、楽聖・サーポールマッカートニー卿、永遠に不滅であれ。

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平成最後の板橋農業まつり in 赤塚郷

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 季節は立冬も過ぎ、晩秋を迎える我が赤塚郷では恒例の”第41回板橋農業まつり”が10日11日に渡って開催された。

10月中旬に行われる板橋区民まつりは、パレード等の催しものに参加する人々以外は赤塚郷からわざわざ大山くんだりまで出向くのは億劫なので、区民まつりといえば農業まつりのことをさす。当然だが植栽や農産物の販売が圧巻なので、目当ての人々が殺到しそれはそれは大変な賑わいだ。

まつりイベント開始は午前10時からなのだが、人が殺到するので農産物を手に入れようと思ったら、早い時間から来て品定めを行い並ばなくてはならないのである。そんなことなので、所用で出遅れた板橋区民は何も買えず、おこわ屋に1パックだけ残った稲荷寿司を昼食用に持ち帰っただけであった。なんだこの敗北感は。。


今回、初めて知ったのだが、我が赤塚郷隣接の西台出身である元モーニング娘。の辻ちゃんの旦那さまで、タレントの杉浦太陽氏が板橋区観光大使として紹介され、オープニングパレードにも出ていた。昨年から就任していたそうなのだが全然知らなかったなあ。。
どうせなら、ジャニーズ事務所から解放されて比較的自由に行動できるようになった元SMAPの稲垣吾郎クンが観光大使になればいいのに。吾郎クンは高島平出身だけど、元は赤塚郷の旧家の出なんだからふさわしいと思うのですがねえ‥

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板橋区民、都営鉄道三昧の日を過ごす。

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 そろそろ赤塚郷にも秋色が降りてきたようですね。


本日、晴天に恵まれた志村車両検修場にて、都営フェスタ2018 in三田線が開催された。

オープンの午前10時少し前に着いたので、会場はすでに人人人でいっぱいだった。前回、志村車両検修場で行われたフェスタ(名称は違ったと思いますが)を訪れたのは20年前だったけれど、当時と同じ光景にデジャブを感じてしまった。あっ、でも鉄道部品販売コーナーは骨董市のように地べたに並べられていたっけなあ。。

板橋区民は、もうあまり鉄道グッズに対する物欲はないので物販の列には並ばないけれど、どんなモノが販売されているのかは気になる。しかし、販売方法が昔と違っており、特設テントに数人づつ入れる方式になっていて、冷やかしでも商品を覗けないのが残念だった。印象としては部品販売はインフレが著しく、もはや子供が気軽に買えるような世界ではないようだ。前はプラ製看板類は数千円、方向幕も千円台だったと記憶する。車内掲示の紙製路線案内なんかは数百円だった。いやはや、完全にオタク様ご用達の世界となった感がありますな。

人で溢れる物販エリアを避け、車両工場の中を見学。車両は世代交代されて新しくなっているが、こちらは昔と全く変わらない印象だ。車両撮影のコーナーも長蛇の列でもはや居場所もなく、ちょっと離れた休息所で座っていると、対面に設けられたステージで、バラエティー番組で見かける”鉄道ビッグ4(のうちの2人)”によるトークショウが始まった。こちらもワラワラと人が集まってきたので早々に退散し、出入り口に向かうと広報テントの一つで、板橋区立郷土資料館にて行なわれている「大交通展」の宣伝と図録の販売が行われていた。

おっと、今日は午後から郷土資料館で談話会「三田線の昨日・今日・明日」が開催されるんだった。フェスタ会場を後に資料館へ急ぐ。

談話会は午後1時30分から始まった。約100席作られた講義室は、ほぼ満員の入りだ。

進行は元交通博物館館長の菅建彦氏(板橋区内在住)が行い、東京都交通局OBの篠原力氏と現役の遠藤徳保氏がそれぞれ進行に沿った談話をする方式であった。
最初は小野氏が三田線の計画段階からの話を始め、徐々に技術的な方向へと進められた。休息を挟み、遠藤氏が現在の三田線や交通局の裏話を披露され、観覧者の笑いを誘っていた。

和やかに行われた談話会は、予定時間をはるかにオーバーして午後4時に終了。帰り際には観覧者お一人お一人に東京都交通局からの素敵なプレゼント(ネックストラップ)が配られた。

こうして、談話会は盛況のうちに終わったが気になる点がいくつか。その一つは、観覧者の出入りの多さだった。談話会の開始すぐに席を立つ人、携帯電話で席を離れる人などetc、遅刻入場の方は始めから終了ギリギリまで幾人もいた。フェスタ会場のようなオープンスペースならばあまり気にならないが、ドアを閉めた空間ではとても目立つ。自分も話者としてステージを経験したことがあるけれど、しゃべりながらも意外と気になるものだ。

人それぞれ事情があり、出入りは仕方がないと思うけれど、途中離席をする予定がわかる方は最初から後ろの席に座るなど配慮をお願いしたい。


さて、来週は談話会第二段、「東上線の昨日・今日・明日」が行われる。レジェンド・花上氏がどんな暴露話?をされるのか、小野氏が近未来の東上線について何を語るのか、本当に楽しみである。

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板橋区民、東上線の日を過ごす。

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 朝、顔を洗うのにお湯を使うようになりました。


昨日は、板橋区立郷土資料館で談話会「東上線の昨日・今日・明日」が開催された。いつもはすぐに記事にしてUPしますが、推敲もせず記憶のまま書いてUPし、しばしば間違いを指摘されるので一晩インターバルタイムを置きました。


会場前には一時間ほどまえから観覧者が並び始め、開場15分前には長い列となり用意された100席はすぐに埋まり、始まる頃には立ち見の方も出るなど、大盛況だった。さすが、元東武鉄道博物館館長、レジェンド・花上氏がお話をされるだけあり、皆ワクワクして開始時間を待っていた。

談話会は定刻通り13時30分に始まった。冒頭、花上氏は戦国時代からの話よりはじめられたが、これは、交通展を意識してのことだろう。これじゃ時間が足りないぞ、と思ったがほどなく東上線の創業話へ。開業時の路線に決まるまでの経過や、幻の西板線、常盤台住宅、啓志線、昔の車両の話、池袋デパート戦争、有楽町線乗り入れと盛りだくさんであった。

花上氏の話が終わったところで休憩を挟み、現役東武鉄道社員によるときわ台駅改修事業についての解説が行われた。その後また東上線の現役車両の話などを行い、観覧者からの質疑応答で談話会は予定時刻15分オーバーで終了した。

花上氏が人気なのは、少しべらんめえな語り口調で東武への批判を交えながらお話されることで、その遠慮のなさに鉄道ファンが拍手を送ることだ。「東上線はずっと儲かっていて東武を支えてるんだ。だから東武本社に遠慮をしないで、独自の特急列車を走らせたり、イベントをするとかやりゃいいんだ。」との発言にはとりわけ大きな笑いと拍手が起こった。

先週の三田線談話会の時は、講演の最中も人の出入りが激しかったが、今回はトイレに立った方がお一人いただけだった。やはり、歴史も路線も長くエピソードも豊富な東上線の方が熱心なファンが集まったのかもしれない。

それにしても、啓志線の話で、朝鮮戦争時、横浜からアメリカ軍兵士を乗せた列車が下板橋で機関車の付け替えをし、朝霞から側線を使いキャンプドレイクで軍装を整えて、出撃地である九州へ向かった。とさらっと解説されていたが、ちょっと待ってほしい。
板橋区民は一年前、常盤台の蕎麦屋で花上氏と同席し、氏から直接「アメリカ軍兵士を乗せた列車が下板橋で機関車の付け替えをし、啓志線でグラントハイツへ行き、軍装を整えて九州へ向かった。」とお聞きしていた。だから、当ブログ記事にもそう書いたし、それからいろんな人にも話してきたのである。

談話会終了後、花上氏に「話が違うじゃないっすか!」と詰め寄ると、「いや、よく考えると朝霞だよね。ハッハッハ」と一蹴されてしまった。

そりゃそうだろう。グラントハイツはただの米軍住宅地に過ぎず、軍事基地だったキャンプドレイクとは性格が違う。


花上氏は今年6月、東武鉄道から完全に退職(解放)された。高校卒業後に入社し、以来60年間の東武人生だったと語っておられた。お見かけ上はすこぶるお元気で、これからも時々は鉄道ファンを楽しませていただきたいと、勝手ながら願うばかりである。

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