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2018年10月

板橋区民、あわてる。

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 ‥はっ、気がついたらもう10月に入ってるじゃないか。。

なんてことだ。

道を歩いていてふと街中の掲示板を見ると、板橋区民まつりと郷土資料館で始まる「いたばし大交通展」のポスターが掲示されてるじゃんか。

温泉ばっかり行ってる場合じゃない!‥ぞ。


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今日は成増陸軍飛行場開業75周年祈念日。

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 いまから75年前の1943年10月3日、現在の練馬区光が丘一帯に存在した成増陸軍飛行場の運用が始まった。

成増飛行場の戦友会であった成増会(すでに解散)の方によれば、独立飛行第47中隊から飛行第47戦隊に改編し、間借りていた調布飛行場からの第一陣が、新造の成増飛行場へ移動した日を飛行場の開場日と定め、戦後になってからは、亡き戦友達の冥福を祈るため、長年この日に関係者達が靖国神社へ集合し、昇段参拝を行っていた。


工事は1943年の8月より始まった(7月から倒木作業などは行われていた。)が、陸軍の命令は10月までに完成せよ、との要求だったので、昼夜問わずの突貫作業で工事は行われた。業者が集めた労働者はもちろん、豊多摩刑務所の囚人から赤塚郷はじめ近在の住民達、小学生から老人までかき集められ作業に従事させられた。

板橋区民の父親も勤労学徒として動員され、「とにかく暑かった。背中の火膨れがひどかった。ずっと穴掘ってた。」などと語っていた。

軍の命令は絶対であり、とにかく10月までに完成させなければならない。ところが、整地するのが精一杯の状態で、滑走路には大量のコンクリートを敷いて固めなくてはならない。命令に間にあわせるため、とりあえず、飛行機の離発着さえできれば完成と言い訳できるので、戦隊本部やピストなど付帯設備もないまま、まるで占領地に造った野戦飛行場のような状態(最初の写真)のまま運用を始めたのが、10月3日だったのである。

47戦隊全ての移動が完了したのは、12月の末。それでもまだ、付帯設備を含めた完成には程遠かったと言う。

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板橋区民、ワクワクドキドキする。

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 早いもので、「いたばし大交通展」開催まであと一週間を切った。いよいよ今週末から、板橋区の郷土資料館では20年ぶりの交通に関する特別展が行われる。

板橋区民も、この時を20年間待った。頭もだいぶ白くなり、腹はますますせり出し、体力も落ち、膝が痛むようになった。思えば、早く展示やらないと死んじゃうよ、と静かに叫び続けた20年であった。

そんな感慨を持つ特別展だが、近代交通のみでの展示開催は難しく、”街道”からの歴史を辿るので、いわゆる鉄ちゃん達には物足りなさがあるだろう。地元の郷土資料館での開催なので、間口を広く、初心者の方々へもわかりやすく歴史を解説するのを旨とするので、コアな方々がもどかしい気持ちを感じるのはしかたがないことだ。

そんなコアな方々は、会期中行われる(11/17・三田線、11/24・東上線)談話会に参加されることをお勧めします。講師の方々は、いずれも現場経験豊富なプロフェッショナルな人物であり、マニアの方々にも満足いただけるのではないかと思います。

現在、展示会開催に向け準備が急ピッチで行われており、素敵な図録も刷り上がりました。交通系の図録は売り切れるのが常なので、お求めはお早めに。(販売は10月13日から。

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板橋区民、ドキドキワクワクする。

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 板橋区立郷土資料館で開催される「いたばし大交通展」まであと2日を数えるばかり。館内の展示作業はほぼ終わったようだ。

特別展初日と翌日に行われるイベント、「限定硬券配布&ダッチングマシンによる日付印字体験」用の素敵なブースも設置され、「Nゲージの東上線や三田線が走行するレールのレイアウト」も完成した。

”切符売り場で硬券乗車券を買う”ということをリアルで経験したことのある方は50代以上の方だと(今でも地方のごく一部の駅で経験できるけど)思うが、子供や若者には初めての経験であり、昔を知る方には懐かしいことだろう。


自分の趣味で近代交通ばかり紹介してしまいましたが、1階部分で行われる「街道展」も充実した内容で、見応えがあると保証シマス。木枯らし紋次郎のような三度傘コスプレでラクダと記念写真も撮れますヨ!


それでは開催初日までのカウントダウン、ドキドキワクワクしながら待ちましょう!


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祝!⭐️「いたばし大交通展」開催!⭐️

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 いや〜始まりましたね、「いたばし大交通展」。
初めて展示計画を聞いてから約一年、ようやくたどり着いたかという感慨もひとしおです。


曇天で気温も低い日和の初日、特別硬券配布のイベントもありましたが、ロースタートの出足のようで、閉館までの訪問者数は約200名程とのことでした。

まあそれでも、文化財ウイークが始まると出足が伸びるとのことで、会期も12月まであるし、これからの伸びを期待しましょう。硬券配布は明日までですが、余るようであれば展示説明会のあるときにでも再配布するとのことでした。

一度訪れた方も、二度三度と訪れると、また新たな発見ができるかもしれませんよ!

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惜別!⭐️平成最後の板橋区民まつり、高島流演武⭐️

 文句なしの秋晴れの日となりましたね。


そんな秋晴れの下、平成最後の板橋区民まつりが開催された。
最近は西暦を使うことが多いのであまり意識されないけれど、和暦は日本人にとって時代の区切りとして馴染み深いので、きっとこれからも使われ続けることだろう。と、昭和生まれは思うのである。

さて、「板橋区民まつり」は板橋区最大の祭りであり、我が赤塚郷の人々にはあまり認識がないかもしれないが、毎年人出は凄い。さすが52万人もの善男善女が暮らす板橋区である。

その板橋区民まつりに、赤塚郷からもいろいろな団体が行事参加しているが、なんといっても”西洋流火術鉄砲隊保存会”が行う、火縄銃による空砲発砲演武が最大の花だろう。

平成最後となる晴れの舞台の様子を撮影しましたので、生で見た方も、残念ながら見られなかった方も、是非、お楽しみください!!


‥いつものイイワケですが、今回初めてニコンD850で動画を撮影しましたので、一眼レフカメラの撮影操作に戸惑い、多少お見苦しい点がありますが、お許しくださいませ。。

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板橋区民、ガッカリするも安堵もする。

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 晴れの日が続くようになりましたね。

先週末、いつものように板橋イオンのイオンシネマへ行き、次週からの上映予定映画のスケジュール表を収集するため、人間が対応している窓口横を覗いた。

あれ?‥ない。

念のため、チラシ類が置いてある棚など、フロアを一回りして探し歩いたが、やはり見当たらない。。ショック。

板橋区民が収集家であることは、当ブログをちょくちょく訪れてくださっている方には周知のことと思いますが、分類で言えば、あまり好きな呼び方ではないけれど、”紙くずコレクター”に属している。
板橋イオン(旧板橋サティ)がオープンして以来、映画の上映予定表を集めていて、残念ながらコンプリートはできてないけれど、2000年5月のオープンから18年間、おそらく95パーセント以上は収集してきたと思う。

上映スケジュール表が見当たらないとは、とうとうイオンシネマはペーパーレス化に踏み切ってしまったのだろうか。平成の世がもうじき終わるのに合わせているのか、真のデジタル社会が到来する象徴のような出来事だ。

‥なんか味気ないなぁ、と寂しい気持ちもあるが、同時に、”ああ、もう収集しなくてもいいんだ‥”と、一方でどこかほっとしている自分がいるような気もする。。

さて、1枚目の写真はマイカルシネマズオープン時のリーフレット類と入場券の半券。2枚目の写真はオープン初日の上映スケジュール表。これはネットのマイカルシネマズHPサイト上からプリントした物で、振り返ってみると、最初からネットで上映情報を得られていたのだった。だから、それから18年間もよく印刷のスケジュール表を作って配布していたものだと感心すべきものなのである。3枚目はスケジュール表の変遷である。マイカルからイオンシネマへ、印刷も光沢紙から普通の紙へ、最後はコピーした紙を切断しただけと経費節減が一目瞭然の歴史が見て取れるのである。


ということで、もうスケジュール表の収集は終わってしまったが、イオンシネマの人に配布終了を聞いたわけではないので、実は終了ではない可能性もあるのである。なんじゃそりゃ。

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⭐️貴重資料は突然に!⭐️板橋区民、感激とともに襟を正す。

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 当ブログを訪れていただいている善男善女の皆様方、現在、我が赤塚郷所在の板橋区立郷土資料館で開催されている特別展、「いたばし大交通展」へお越しいただけたでしょうか。


資料館では、1階が江戸時代までの交通(主に街道関係)、2階では近代交通関係の展示がおこなわれている。今年は都営三田線が開業してから50周年ということで、三田線に関するスペースが少し多い。

実は、その三田線の開業を記念する展示資料の中でも、ある重要な品が展示されていなかった。それは、始発であり終点でもある「志村駅」の切符だ。「志村駅」とは、まだ住所が確定しなかった時期の駅名で、現在の高島平駅である。開業半年後に「高島平駅」という名称に変更され、志村駅名の切符は希少なものとなった。

なんであんな離れた場所が「志村」なんだ?と疑問に思うところだけれど、昔の地図上で徳丸田んぼは、志村中台町とか志村西台町と表記されていた。そこで、仮に志村との名称が付けられていたのだ。

「志村駅」は団地建設が始まる時に開業し、当時は一般利用客はほどんどいなかったため、現在に残る切符はあまりにも少ない。ただし、三田線開業当時は都電や蒸気機関車の廃止が相次ぎ、そのため鉄道ブームが起こっていたこともあり乗り鉄ファンも多く、珍しかった新規開業の路線を開業日に楽しもうと多くの鉄道ファンで盛況だったようだ。

さて、このたびそんな貴重な「志村駅」切符が板橋区民の元にやってきた。それも入場券、乗車券、領収書のコンボセットだ。

切符を提供していただいたのは、十数年前から度々お世話になっているS先生で、元交通博物館、鉄道博物館の学芸員であった方だ。先生は数年前に定年退職をされているが、現役の頃より、”歩く交通図書館”との異名を持つ博学の人物である。凄いのは、質問をしてその答えがわからなくても、普通ならば「わかりません、知りません。」で終わるところ、どうやったらその疑問の答えにたどり着けるのかその道筋を教示してくれることであった。

S先生が「志村駅」の切符を所持されていることは知遇を得た時からしっていて、当時から、もし手放す気になった暁には是非、板橋区民へ一報を、とお願いしていた。S先生は、高校生か大学生だった50年前の都営6号線開業日、終点の志村駅までやってきた乗り鉄収集鉄の一人として、これらの切符を収集されたのであった。S先生の非凡さは、普通の人ならば乗車券と入場券の購入で済ますところを、領収書まで手に入れていることで、その証拠に、領収書発券番号が1番となっているのだ。

S先生は今回の特別展を訪れ都営三田線の乗車券展示を見て、終点始発である「志村駅」の切符がないことに感じるものがあったのか、50年間大事に保管していたコレクションを手放す決心をされた。現在展示中の昭和40年代の三田線乗車券は、切符収集界の大家であったT氏から譲っていただいた物がほとんどだが、T氏も50年前に自ら収集されたもので、「志村駅」の切符は絶対に譲っていただけなかった品で、それほど、貴重なものであるのだ。

特別展では、いろいろな質問が寄せられているようで、中でも、どうやって資料を収集するのか、と聞かれることが多いと言う。それは実に様々で、基本は”持ってる人から譲ってもらう。”ことで、こう書くと身も蓋もないけれど、販売会などで直接購入する以外は、他人が持っていたものなので答えるとすればそうとしか答えられない。その手にいれる方法を聞きたいとすれば、それは個人の持つノウハウなので、説明し辛いことである。

手に入れた資料のほとんどが、どんな背景を持って失われずに存在し続けてきたのかは不明だが、今日まで何十年、古いものでは百年余の時を経て板橋区民の元に流れ着いたものであり、実に不思議な縁である。

バブルのころ、ある日本の大企業の名誉会長が、ゴッホの名画をオークションで、当時としては史上最高価格である、約125億円で落札したことがあった。名誉会長は喜びのあまり、「自分が死んだら棺桶にいれて焼いてくれ」という発言をし、それが海外のマスコミで大きく報道され、ネットがまだなかった時代であったが、大バッシングを受けた。世界的には、美術品は社会の共有物である文化遺産という意識が強く、個人の死後にそれを消失させるようなことは非常識であるが故、とりわけ海外の美術品愛好家から批判されたのだ。

板橋区民が収集した資料は、そこまでの金銭価値はないけれど、「今の時代、たまたま自分が預かっているだけ。」という感覚はある。だから、S先生が今回板橋区民に貴重な切符を託してくれた気持ちは良く分かる。将来、これらの資料がどこへ流れるのかはまだ考えられないけれど、責任はずっしりと重く、襟を正して受け入れなければならないのである。

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板橋区民、秋を愉しむ。

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 秋晴れの週となりそうですね。


この夏下旬からの天候不順で野菜の高騰が続いてますが、キノコ類には良かったようで豊作なんだとか。スーパーでもいつもより確かに安い。

板橋区民は椎茸が好きで、うどんなどにもどっさり入れて食したりします。スーパーでも安いですが、安売りしている物はやっぱりそれなりで、いっちょ自家栽培でもするかと簡単栽培キットを購入した。

さっそく梱包を解き、椎茸菌の詰まった栽培ブロックを水に浸してから付属のビニール袋に入れて窓辺にセット。左の写真から設置直後、スプレーで水分補給をしつつ2日目、そして本日3日目で小さかった椎茸がぽこぽと大きくなってきた。椎茸は90パーセント以上が水分とのことで、ここから一気に大きくなるらしい。適度に間引き処理をすると肉厚に育つと説明書きにあるけれど、取りあえずはこのまま見守ろう。


‥ああ、早く食べたい。。

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板橋区民、久しぶりに逢いに行く。新横浜まで。

今日も気持ちの良い秋晴れですね。



そんなことで、我が赤塚郷から遥々とやって来ました新横浜。



新横浜と言えばラーメン博物館。さっそく名店「すみれ」へ。12月初めにラー博から撤退とのこと。熱々スープの味噌ラーメンがたまらない‥



さて二軒目は二代目げんこつ屋へ。トンコツ醤油ラーメンで有名ですね。



お腹いっぱいになったところで、小田和正アンコールツアー最後の地、横浜アリーナへ!
残念ながら立ち見席しか取れなかったけど、正面に近いアリーナ席真後ろなので良しとしよう。さあ始まるぞ!






‥午後9時30分きっかりコンサートは終了した。いや〜素晴らしかった。何度でも言うが、71歳とは信じ難いステージだ。自分がその年令の時、果たしてあんな元気はあるだろうか‥足腰の健康がいかに大事であるのかを思い知らされた板橋区民であった。

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板橋区民、東京ドームでFRESHN UP!

今日もスッキリ秋晴れとなりました。



そしてここは夜の帳も下りた東京ドーム。そう、ご存じ、楽聖・サーポールマッカートニー卿のコンサートである。



それでは、いざ入場!



ひゃーさすが東京ドーム、ステージまで遠いなぁ〜

もうすぐ開演時間の18時半だけど、まったく始まる気配はナシ。19時は過ぎるだろうなあ‥



と、思ったら18時45分から始まった!






‥21時15分、宴は大盛況のうちに終わった。

さすが、サー・ポールマッカートニー卿。声も衰え知らず、途中休憩も給水もせずに2時間半のパフォーマンスをやりきった。果たして自分が76歳のとき、こんなにパワフルな状態で存在できるのであろうか‥

追記ですがポールのコンサートはスマホコンデジ撮影OKです。

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