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秋分の日なので、収蔵品の紹介をする。

 秋分の日連休の中日、午後過ぎからようやく晴れてきましたね。

板橋区民は、板橋区に関わる様々なモノを収集している。まっ、興味にまかせてのことなのでだいぶアバウトではありますが、それら収集品を当ブログでは記事のネタに使っております。
記事にするにあたっては一応、裏を取ったり確認の調査を行いますが、さっぱりわからないモノもあり掲載に至らずに眠っている収集品もあります。今回はその中から芸術の秋にふさわしい作品をUPしましょう。


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お分かりでしょうか、賛の添えられた画の軸です。
画はわかりますよね。当ブログ記事で度々取り上げている、亡くなるまで常盤台住宅で創作をされていた人形絵を得意とした日本画家・西澤笛畝が描いた、”鏡を見る女”の大津絵です。

さて、賛の部分ですがちょっと変わってますね。俳句のようですが‥これは短歌ですね。右下に小さく署名がされていますが、思わず”字が小さすぎて読めなあぁい!”と、ハズキルーペが欲しくなるような筆跡です。

実物の軸ですので目を近づけて読んでみると、”晶子”と読めます。短歌で晶子といえば‥明治から昭和にかけて活躍した短歌の巨匠、与謝野晶子が寄せた賛なのです。

箱書きに、甲子秋九月とありますので、大正13年9月のものであることがわかります。当時笛畝先生は30歳前後、与謝野晶子は46歳の時のお作ですね。

笛畝先生の画は”大津絵”を題材にとったもので、「大津絵(おおつ-え)とは、滋賀県大津市で江戸時代初期から名産としてきた民俗絵画で、さまざまな画題を扱っており、東海道を旅する旅人たちの間の土産物・護符として知られていた。」とウイキさんでは説明されています。特徴としては、「神仏や人物、動物がユーモラスなタッチで描かれ、道歌が添えられている。多くの絵画・道歌には、人間関係や社会に関する教訓が風刺を込めて表されている。」

とのことなので、添えられた与謝野晶子の短歌は”道歌”を歌っているのでしょうか。ちなみにウイキさんによれば、「道歌(どうか)は、道徳的な、または教訓的な短歌をいう。 様々な体験から出た世智であり、訓戒である。」と説明されています。

さて、ではこの短歌を読んでみましょう。(古文書が読める知人の手もお借りしました。)

いとせめて 鏡がそれを しつすずば いかし時しき 夕すまし


‥読めても意味がわからない。。


短歌の意味がわからないので、記事にはせずペンディング状態になっていたのです。でも一応、せめて背景を探ろうとはしたのですが、図書館にある書物では笛畝先生との接点はわかりませんでした。前年の大正12年は関東大震災があった年で、与謝野晶子は夫の寛と共に創立に協力した神田の文化学院が大被害に遭い、心血を注いで現代語訳した源氏物語も焼失するという状態から間もない頃でした。

与謝野晶子はとにかく交友関係が広かったので、笛畝先生と知り合っていてもおかしくはないですが、経過を知りたいところです。

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