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板橋区民、硫化水素臭に誘われる。

‥板橋区民は温泉が大好きである。それも、硫化水素臭がふんぷんと香る白濁した硫黄泉を何よりも愛する。

そんな硫黄泉の宝庫、別府へ行ったのはいつのことだったか‥。あの時に買った湯の花も無くなり禁断症状も現れ始めた。これではイカン、

そうだ旅に出よう。



てなワケで大宮から新幹線に飛び乗った。



旅情を感じるために万かつサンドで朝食だ。



いやー着きましたよ小雪舞い散る蔵王温泉♨️

山形駅のバス乗り場が混んで遅れてしまった。しかしそことなく漂う硫黄泉の匂い、期待が高まる。
目的の湯場はあったけどバスが遅れたので中央ロープウェイ近くの新左衛門の湯へGo!

ホントは無料や低額の地元の湯へ行くほうが趣きがあって良いのだが、露天場が無いし何より湯が熱くて板橋区民には入れないのだ。

いやーやっぱ白濁の硫黄泉はイイっす。雪見の露天風呂はサイコーに癒される。



温泉のアトは山形産の十割蕎麦をいただく。



さて、腹が満ちたら違う源泉を求め、すのこ湯かわらやへ。ここは底に敷いたすのこの下から源泉が湧き出るちょっと変わった温泉だ。湯船は前の原温泉より小さいが泉質はバツグンだ。いままで経験した硫黄泉の中でもトップクラスだと思う。さすが日本第二位の酸性度だけあって肌がピリピリする。

板橋区民は過去二回、蔵王に来ている筈だ。一回目は幼少のころ、二回目は20代半ばころ、どちらも記憶が曖昧だ。さすがに20代なら覚えてるだろ、とお思いかも知らないが当時はスキーブーム真っ盛りでいろんなスキー場へ行っていて、大抵夜行バスだしよく覚えてないのだ。

幼少の頃は写真が残っているのだが、当然スキーができるワケ無く、鼻を垂らして雪遊びしているシーンだけで記憶はまったく無い。当時の奥羽本線はまだ電化されておらず、どこかから蒸気機関車に付け替えられたのだろうと思うのだが当然覚えてない。おそらく現役の蒸気機関車に乗った最初で最後の経験だったかと思うと残念で堪らない。。

あっ、突然思い出したけど、合宿免許は余目だった。両親とも東京横浜出身なので、どうせなら思い切り田舎に滞在したかったのだ。出稼ぎでオバさん一人きりの農家に数人グループで滞在して楽しかったなあ‥。ちょうど朝ドラおしん放映のころだった。合宿の合間に酒田でおしん最上川下りなんてのに行ったっけ。



なんて思いにふけっていたら仙台行きの仙山線が来たので乗る。激しく雪が降ってきたが大丈夫かこれ。



と思ったら仙台は雪もナシ。はやぶさに乗り換えたら満員で席は取れず、立ち席でもしゃーないと思ったらデッキも人でいっぱい、終戦直後かよっ。

それでも盛岡八戸でだいぶ人が降りて席に座ることができた。




んで青森に着いたら吹雪やないか!さすが東北。



お宿で旅装を解き、レストランでそそくさと夕食を済ませ、近くの青森まちなか温泉へ。ここは今回の硫黄泉巡りとはコンセプトが違うアルカリ性塩化物泉だけどまっ、いいか。海に近いからしょうがないですね。しかし、いいお湯でした。本日のミッション終了!







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