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板橋区民、啓志線について振り返る。<2017年・エピソード4>

 そろそろ佳境に入ってきました。それではお送りします、エピソード4。

今回は啓志線の話題でも特に謎が多い、旅客用ガソリンカーについて書きます。


啓志線に使用されていた車両である「キハ41000形」は、現在、鉄道博物館でその仲間の車両が展示されている。

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啓志線のガソリンカーについては、ほとんど資料情報がないため、練馬区史に載る「横浜から直通で30分間隔で運用されていた」とか、東武鉄道社史による、「国鉄から借りたガソリンカー10両を使い池袋駅を始発として30分間隔で運用した」と記されたことが、基本情報として引用されてきた。

しかし、当ブログでは、過去に「ガソリンカーは6両で回していたんじゃないか?」とした内容で、使われた車両番号も明記して書いたことがある。もちろん、根拠あっての記事だった。


エピソード1で触れた東上線ミステリー本には、啓志線のガソリンカーについて、(以下引用)「ネット上や、後に記載する書籍等では『書類をもってた』『記録がある』という記載が多々ありますが、誰一人としてその書類の実物や所蔵場所を公表していない上、私たちもそれを裏付ける書類を見つけられていません。」(以上引用終わり)ということが書かれていた。

要するにガソリンカーについて書くのなら根拠を示せ、ということで、実際に足で基礎資料を求め歩いている人ならそう思うだろう。

ならば。

今年は啓志線開業70周年の記念すべき年でもあるし、今日は楽しいクリスマス。出し惜しみせず、板橋区民からのプレゼントとして全国1000万啓志線ファンの思いに応えるべく、資料を掲示しますね。

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これは、国鉄が所蔵していた月報の一部で、一次資料として信用できるものだ。月毎に記録されているので順番に調べて行くと、貸し出されたガソリンカーは、上野部の我孫子区に所属するキハ41000形 6両で、備考欄に、「()印ヲ附シタルモノハ東上線用トス」とある。初出は昭和22年8月からで、翌23年2月まで東上線への貸し出し記録が載っている。

もう一つ、ガソリンカーは旅客用なので切符はあったのか?と疑問が浮かぶが、「専用ホームからの直通線」なので、例えば改札口で軍発行の身分証を提示して乗車した、という利用法も考えられる。プレゼントついでに、昔、ある切符収集の大家から見せていただいた東武鉄道の進駐軍専用切符の参考画像を上げておきますね。

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果たして、今回掲示したガソリンカー貸し出し記録が、『上野駅地下に眠るという伝説のある国鉄資料』の一部なのかは‥ミステリーにしておきましょう。

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