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板橋区民、2017年を振り返る。<啓志線について>

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 12月も半ばですか。。この一年を振り返る時期となりました。

う〜ん。今年はやっぱり啓志線かなあ‥当ブログでも過去度々記事にしてきたけれど、11月に練馬区の図書館で行った講演のおかげで再調査をする機会を得られ、いままで見過ごしていた資料を再確認出来たり新に発見があったりと、進展があった。

これは、調査をする側の言い分(言い訳)だけれど、過去に書いた記事を読んだ方から”この記事に書かれていることは間違ってる”と指摘を受けることがある。(自分も他人が調べて書いたことに憤慨して批判したりすることもありますが)、調査する側とすれば、それは公にした時点での調査結果であり、後に新たな資料が出てきて前言をひっくり返さなければならない場合がある。もちろんそうしたことがないように事前に徹底的に調べなくてはならないけれど、たまに一次資料すら否定できる資料が出てくることがあるのが難しいところだ。

ネット上に公開する情報は、まだまだ紙媒体に比べて信用度が低く思われたり、簡単にパクられ、いやインスパイアされてしまうことがあり、情報の根拠を示すのに躊躇する場合もあるけれど、過去に書いたことの訂正がすぐに行えるのが最大の利点のひとつである。

そんなことで、2017年末時点での「啓志線」の情報をUPしますね。

では、とりあえず年表から。


・昭和15年(1940)、陸軍第一造兵廠練馬倉庫が練馬北町に置かれる。

・昭和19年(1944)4月、東武東上線上板橋駅〜陸軍第一造兵廠練馬倉庫間線路敷設。

・昭和21年(1946)8月ころより、練馬倉庫へ占領軍住宅(グラントハイツ)建設用資材の搬入が始まる。

・昭和22年(1947)3月上旬より練馬倉庫〜成増住宅(グラントハイツ)建設地への線路敷設工事が始まる。

・昭和22年(1947)3月15日、警視庁広報に成増建築事務所開設が告示される。

・昭和22年3月25日、成増新線(啓志線)開通。

・昭和22年4月1日、成増住宅(グラントハイツ)建設開始。

・昭和22年8月より池袋駅〜啓志駅間のガソリンカー旅客輸送始まる。

・昭和23年(1948)2月、ガソリンカー旅客輸送終了。

・昭和23年6月、成増住宅完成。「グラントハイツ」と命名される。

・昭和25年、朝鮮戦争勃発により、朝鮮半島へ向かう兵士たちを輸送する。

・昭和23年6月、警察予備隊が練馬倉庫の一部に移住する。啓志線が演習場への兵員輸送に使われる。

・昭和32年(1957)8月1日、東京都が練馬倉庫〜啓志間の運行を停止する。

・昭和34年(1959)6月22日、東武鉄道が上板橋駅〜田柄間の地方鉄道免許を申請する。

・昭和34年7月22日、啓志線全線廃止。

・昭和36年3月〜4月、陸上自衛隊練馬駐屯地内線路撤去。

・昭和36年8月29日、東武鉄道が上板橋駅〜田柄間の地方鉄道免許取得を断念、申請を取り下げる。

・昭和48年(1973)9月30日、グラントハイツが全面返還される。


個々の項目の解説については、次回以降に続きます。


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