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板橋区民、10月になったので雑談をする。

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 10月。秋本番。

前回からだいぶ間が空いたので、満を持した記事かと思いきや雑談ですか。やる気ないのかよ、と言われそうですが季節の変わり目なんでいろいろ事情があるんス。

それにしても突然の衆議院解散選挙、驚きましたね。加えて小池東京都知事の新党旗揚げで連日マスコミは大騒ぎですね。安倍首相はこのことを見通していたのかどうか、与党には厳しいことになりそうで。

選挙の公示が10月10日、投票は22日と決まりましたが、おかげで板橋区最大の祭りである「板橋区民まつり」とガチでぶつかり、2日目の開催が中止となってしまった。おかげで、我が板橋区の誇る西洋流火術鉄砲隊保存会による発砲演武も吹き飛んでしまった。行事参加者や楽しみにしていた板橋区民も多いことだろう。


板橋区民も若い頃は全く政治に関心ないノンポリでしたが、爺いな年齢に差し掛かるにつれ、床屋談義こそしないけど政治的なことに多少は関心が向くようになってきた。昔に比べると行動力がなくなってきたことや、年齢を重ね世の中のことが政治と深く関わっていることを実感するというのか、まっ、そんな感じのお年頃なのだ。

自分が選挙権を得たころの時代の総理大臣と言えば、大平さんとか福田赳夫とか三木武夫とか鈴木善幸とかその下に宮沢喜一とか中曽根大勲位などがいて、参議院には海軍航空参謀だった源田実とかグアム島帰りの横井庄一さんが立候補したりとか、とにかく政治家は”老人”のイメージがあった。

前にも記事にしたけど、そんな老人達が牛耳る自民党を飛び出た”若手”の河野某が新自由クラブを立ち上げ、保守系の新しい風が吹く、と期待して初めての投票を捧げたけれど、あっという間に老獪なジジイ政治家達に叩き潰される様を見せつけられ、以来、いっそう政治に対する興味を失くしてしまったのである。

さて、今回の大きな目玉である「希望の党」。政局は刻々と変わるので、この記事を見る時のタイミングで時局は大きく変化しているかもしれないけれど、今までの自民党と民主党(旧)は安保や自衛隊、憲法九条関連の方針が異なっていたが、希望の党党首小池さんの方針は自民党に近く、社民系や共産系は受け入れないとのことなので、保守の新しい風に期待したい人達にはウケが良いのではないだろうか。

前に、マスコミに勤務していた方から聞いた話だけれど、とにかく役人と政治家はいくらでも叩いて良い、と断言していた。ようするに、税金を糧としている人間と権力を持つ人間は必ず堕落する、という決めつけで、だから、マスコミによる監視が大事であり、常に見張らなければならない存在なのだという。

まあ、庶民から見ればマスコミも第三の権力者であり、今までこのブログで書いたささやかな記事のいくつかも彼らによって葬られたことがあり、どっちもどっちだな、と思いますがね。

今回の選挙ではやたら”リベラル”という単語が飛び交いますが、それは左寄りの政治的な考えを持っている議員のことをさしており、ことさら憲法改正(特に九条)許すまじ、自衛隊解体、戦争絶対反対!を叫ぶ人々をそう呼ぶようだ。
板橋区民も、戦争には反対の立場だ。成増飛行場の研究を長年しているうちに、そんな思いを強くした。だけれども、左系の思想には染まれない。それは海外で、何度か強盗に襲われた経験があり、殺されそうになったこともあったからだ。こちらが暴力を振るわない平和的人間であっても、そんなことはおかまいなく攻撃してくるのが人間という動物だと身に染みている。

先月まで、板橋区の郷土資料館で「いたばしの歴史と民俗 ~櫻井徳太郎先生の学問と共に~」が開催されていた。
櫻井徳太郎氏は、長年板橋区内に暮らし、駒澤大学の学長を務め民俗学の研究で数々の業績を残した学者であり、板橋区の文化財審議会の会長として長年君臨していた方である。

ようするに、「板橋区の歴史」を認定する最高権力者だった方なわけだが、存命中、先年文化財登録された松月院の高島秋帆先生の碑の文化財登録を絶対に認めなかった。その原因は、明治時代に勝海舟が監修した「陸軍歴史」の冒頭で「高島秋帆は、陸軍の祖である。」と明記されているからで、徹底したリベラル派の櫻井氏にとっては、陸軍の力によって建立された高島秋帆の碑を文化財認定することは絶対に許せないことだったのである。

学者なのに、歴史事実を無視し個人の感情を優先させるのか?と反論したくなるけれど、櫻井氏はリアルで戦争時代を経験した背景を持つ。幼少のころから史学に興味を持ち、戦時中も研究を続けていた人だ。戦争は、人間も文化もすべてを破壊する愚かな行為だと骨の髄まで身に染みているのだから、理屈じゃあない。ダメなものはダメだ。妥協は一切ないのである。

同じリアルでも、政治家は違う。政治家のリアルとは国を、国体を守ることだ。武器を持たない指導者がいる国は、もしも他国、特に軍事力を持つ国と問題がおこった場合、大いに不利な状況となる。われわれは平和主義で武力を持たないっ、と胸を張っても、アウトレイジのごとく無慈悲に銃弾を浴びるだけだろう。仲裁するための国連が役に立たない例はいくらでもあることは明らかだ。

日本には自衛隊があり、それはあくまで自衛のためのものであり、国民の命と財産を守る存在と定義付けられているけど、個人の生命や財産までは守ってくれないと思っていた方がよい。映画「シン・ゴジラ」が11月12日(日)にテレビ朝日系列で地上波初放送されるけれど、それを観ることをお勧めする。日本を侵略するゴジラとそれを防衛する自衛隊との戦いを描いて非常に意味深な内容となっている。

さて、10日の公示までに、「希望の党」がどのような陣容で纏まり東京11区・12区にどんな候補を送り込むのか興味深々であるが、迎え撃つ下村博文陣営との熾烈な戦いを繰り広げることは間違いない。先の都議会議員選挙では僅差で小池都知事の都民ファーストの会に敗れてしまったことで、自民は組織を引き締め猛烈な巻き返しが予想されるが、さてさて板橋区民の選択がどうなるのか見ものである。


と、一人床屋談義をしてしまいましたが、ところで今回の写真はなんだ?選挙と関係あるのか?なんて気になってる方々、お待たせしました。

写真の主は、グラント・ハイツ建設を計画したGHQのヒュー J. ケーシー少将である。アメリカ陸軍工兵隊のトップの座を狙い同僚と争ったが敗れ、陸軍を退任した後の、ニューヨーク市交通局会長時代の一コマである。手にしているのは、地下鉄やバスで使うトークンだ。

当ブログでは執拗に啓志線について記事にしてきたけれど、まだまだ謎の解明は続いている。その謎の一つ、啓志線の名はどんな経緯で誰が名前を付けいつから使われ始めたのか、についてはまだ解答に至ってはいない。
以前、当ブログでは、側線工事監督者である米軍第8軍に属するケーシー中尉の名をとった説支持を示したけれど、啓志線の輸送に関する公文書や他の資料を検討すると、グラント・ハイツを企画したケーシー少将の名をとった説も排除はできない。

占領期の絶対権力者で神であるGHQの工兵隊トップのケーシー少将に対し、日本の建設会社はそれこそ揉み手で賞賛し、忖度し、媚を売り、卑屈な態度で接したことが様々な資料から浮かび上がっている。” 啓志”の名称を書類に残す立場にあるのは、建設会社のそれなりの地位に就く人間か東京都から派遣された現場監督などであり、その書類に少将の名を肖ったであろうことは想像に難くないのである。

日本は敗戦国となった惨めさを経験してきた。今後、戦争を起こさず巻き込まれないことを願うけれども、同時に国や国体を護るために何をなすべきかを考え行動できる政党に政治を託すことが結局はリアルなんじゃないかなあ、と思うのである。


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