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板橋区民、先日放送の「なんでも鑑定団」に違和感を覚える。

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 10年来愛用してきた日立製洗濯機の調子がおかしくなった。脱水機能が動作をしなくなってしまったのだ。どうも脱水時に動作するロック機構(子供がいたずらで手を入れて巻き込まれないように蓋をロックする機能)がうまく働かないので作動しなくなるのが原因とわかった。修理を頼むと最低2万円はかかるし、10年も使えば寿命かなあ‥なんて思ったが、インターネットで対処法を探って見ると、似たような症状で自分で修理した経験談を書いているブログがあった。

ブログでは写真入りで懇切丁寧に説明されており、自分でやってみるか、と思ったが、最後のまとめ部分で、「ロック機構を強制的に行うように設定すれば、わざわざ部品を買い換えて修理する必要はなかったかも。」と書かれてあったので、そういうコマンド(メーカーのHPにマニュアルのpdfが残っていた。)を設定してみると、おお!動いたじゃん!さすがインターネット!昔ならとっくにあきらめていただろうが便利な世の中になったもんだとつくづく感心した。

‥って、今回は洗濯機の修理について書くのが主旨ではない。

テレビ東京の人気長寿番組「なんでも鑑定団」で、昨年末ころ放送された回に出品された、国宝に匹敵するという「曜変天目茶碗」が偽物ではないかと、ネット上ではずっと騒がれていたけれど、とうとう今週初めにワイドニュースや週刊誌の記事でも取り上げるようになった。番組や関係者からは明確な回答はまだないと言う。

そんなニュースで騒がしい中、先日火曜日に放送された回に、我が板橋区の誇る西洋流火術鉄砲隊保存会の祖といえる高島秋帆先生が創設した高島流砲術の巻物が出品された。記憶にあるかぎりでは過去1、2回秋帆先生関係の品が番組に出たことがあった。

鑑定を担当したのは堺鉄砲研究会主宰のS氏。古式銃やそれらに関する資料の収集で有名な方だ。

さて、出品された巻物はS氏の解説によると、長崎の出島会頭であった高島秋帆が西洋の砲術について私財をなげうって研究し、ついに高島流砲術を立ち上げ、日本を取り巻く諸外国による侵略にいかに対処すべきかを「天保上書」として纏め、幕府に提出した時に添付した巻物(の写し-オリジナルは未発見)であると断定した。

この巻物は”写し”であり、書かれた時代も幕末近い物であることに異論はない。ただし、巻末に書かれた文言が気になるのだ。奥書には「天保十二年建白書控  図画 渡邉華山 川路蔵図書」とある。田原藩家老を務めた渡辺崋山が元を描き、川路(旗本・川路聖謨と思われる。)という人物が所蔵していたものだ。

建白書「天保上書」は天保十二年、長崎町奉行により幕府に提出されたものだ。その後、呼び出しを受けた高島秋帆が、幕府の砲術演習場である武州徳丸原で幕閣を前にして演武披露したのは、天保十二年五月(現在の六月下旬から七月上旬)である。しかし、その頃、渡邉華山は蘭学嫌いの旗本・鳥居耀蔵の策略により、すでに天保十年五月に捕らえられ(蛮社の獄)ており、伝馬町の旗本以上の武士や僧侶が入牢した揚座敷に入れられ、天保十二年一月には故郷の田原で蟄居を命ぜられている。そして同年の十月、池ノ原屋敷の納屋で切腹した。

高島流砲術が成立したのは天保五年ころであり、その当時、華山は田原藩家老として天保の大飢饉の対処に追われていた時期で、長崎に行った記録もない。だから実際には高島流砲術を見たことはないはずだ。もっとも、蘭学の研究家としても著名だったので、高島流砲術の知識は早い段階から知っていたかもしれない。

で、何に違和感を覚えたかと言うとですね、S氏は渡辺崋山が描いた巻物を誰かが写したもの、と番組で断定しましたが、本当にオリジナルを華山が描いたのかという詰めが甘いんじゃないかな、と感じた次第なのだ。

そもそも「建白書控」と書いてあり、その意味は”建白書の控え”として描いたものと解釈されるので、上書を見て控えを書かなければ意味が通じない。先にも書いたけど、そのころ華山は蛮社の獄で捕らえられていたので、そんなことがありえるのか、ということだ。

「天保十二年」と「渡辺崋山」というキーワードだけでS氏ほどの方がピンとこないのは、おかしな話だ。

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