« 板橋区民、追記する。 | トップページ | 板橋区民、先日放送の「なんでも鑑定団」に違和感を覚える。 »

20世紀最後の板橋区。

 
 

 寒い。数十年ぶりにしもやけになりました。。大人になったらならないものと思っていましたが‥

さて、すぐに鎮火したようですが、正月早々、我が赤塚郷の乗蓮寺が設置した初詣参拝の注意看板の文言について、ネット上で大炎上した。その時、当ブログにて乗蓮寺のことを記事にしましたが、文中で20世紀最後の年である1999年が明けた瞬間の映像を乗蓮寺で撮影していた、と書いた。

その当時、ビデオ規格は8ミリからDVに移行し、飛躍的に性能が向上した小型の3CCDDVカメラがテレビロケでも使われる(日テレの電波少年でよく見かけた。)ようになり、それまで何千万、何百万円もかかった放送品質(ギリギリだけど)のビデオ撮影&編集が、個人の自宅で行うことが可能になった。そこで、青白MacG3とソニーVX1000とDVビデオデッキを買い、最初の題材として、20世紀最後の年の板橋区内の主な歳時記を撮影し、編集して作品をつくろうと決めたのだ。

そんなことで出来上がったのが「板橋歳時記・1999年」なのである。
でも、作品は出来上がったものの上映する機会もなく、結局は自己満足な映像として編集テープはずっと眠っていた。

それから約20年の時が過ぎた。世の中のデジタル化は飛躍的に進化し、インターネットは日常になくてはならないものとなった。
デジタルコンテンツとしてよく利用されている”YouTube”が開設されたのが2000年のこと、日本で爆発的に利用が多くなったのが2006年からだ。

自分も当初から利用していたけれど昔は制限も多く、たしか1GBくらいしかUPロードできなかったように記憶している。動画なら5分以下だったかなあ。だから、短い作品か分割してUPするしかなかった。そんなことで、”板橋歳時記”もずっと仕舞いっぱなしになっていたのだ。

しかし時は流れ、映像の世界はDVからHDV(ハイビジョン)へ、さらにフルHDV、そして4K時代に突入した。YouTubeも時代に合わせ、現在では4K画像もUPできるような仕様になったのだ。こうなるとすでに化石のようなDV規格は、長時間の作品がUPできるようになった次第で、この機会に板橋歳時記をYouTube上で公開することにしました。

‥それにしても、あの頃はパソコンも動画を編集するには非力な時代で、文字を入れて調節するたびにレンダリングにおそろしく時間がかかり、編集が完成するのに1ヶ月くらいかかったような記憶がある。今から観るとちゃちな出来であり、直したくなるような箇所ばかりで公開するのが恥かしい。
全体で54分ありますので、こまぎれにでも視聴いただければ幸いです。

|

« 板橋区民、追記する。 | トップページ | 板橋区民、先日放送の「なんでも鑑定団」に違和感を覚える。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

板橋歳時記を視聴しました。
すばらしい作品で、区内の小中学校に十分貸し出せる出来栄えだと思います。
私は動画を見ては、「あ、〇〇さんだ。」とか「この子供は知ってるぞ。」とか「この当時は腹もそれ程出てなかったな。」などと下らない回想をしています。
そういえば、この年あたりの区民祭りで、ミニ四駆大会に「オヤジ四駆」を走らせてブッチギリの走行で顰蹙を買ってたのも思い出しました。

投稿: ひでぼう | 2017年1月20日 (金) 23時21分

>>ひでぼうさま
いつもコメントをありがとうございます。
過分なおほめのお言葉、18年前の私も喜んでいると思います。最近は個人情報について気にする傾向が強く、モザイクを入れてUPする方も見かけますが、約20年前の映像ですので、もしも本人や知人の懐かしい姿を見られたらと思い、そのままUPしました。映っている人で顔見知りの方も何人かおりますが、すでに鬼籍に入られた方もいて感慨深い思いがあります。これからも昔の映像はちょくちょく公開していこうと考えております。

投稿: | 2017年1月21日 (土) 19時26分

貴重な映像ありがとうございます。
私は、(ほとんど貢献できていないのですが)いたばし水と緑の会の会員で、
19分45秒あたりからの赤塚城址のビオトープ作りの様子をとても興味深く拝見しました。
ビオトープは現在、外来種のザリガニが大量発生したりするなどいろいろと課題がありながら
も会員が試行錯誤しながら運営しています。

投稿: しがき伸也 | 2017年1月25日 (水) 02時08分

>>しがき伸也さま
いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。
薄い記憶ですが、このビデオを撮った時は区内各所にビオトープが造られた頃だったかと思います。完成後しばらくして訪れると、金魚だのミドリガメだのいろんな生物がいて驚きました。おそらく飼いきれなくなった人たちが放したのでしょう。何事にせよ設立時の理念は良いのですが往々にしてこのような事態になることは残念です。赤塚のビオトープはボランティアさんのおかげで未だに健在なのはなによりですね。

投稿: | 2017年1月25日 (水) 17時24分

ミドリガメは現在、ミシシッピアカミミガメとなって在来種のカメを凌駕してしまっていますよね。。
赤塚のビオトープや赤塚城址の上にあるバッタ広場は会のボランティアの皆さんによって運営されていますが、
会員の高齢化をどうするかが徐々にこれからの課題になってきています。

ところで映像にもでてきた、前谷津川緑道にも興味があります。
『いたばしの河川』という区の資料によれば板橋区内には15ほどの河川、小川があったようですが、
今となってはほとんどが暗渠化され、見えなくなっています。
前谷津川、というのも昔は目に見える形で川が流れていたのであれば、どんな川だったのだろうか、
かつては子どもたちが遊べたりできたのだろうか、暗渠の蓋をはずして子どもたちが遊べるような川が復活できたら
どうだろうか、と思いを巡らしたりしています(現状では、本当に思いを巡らすだけですが。。)。

投稿: しがき伸也 | 2017年1月27日 (金) 00時55分

>>しがき伸也さま
前谷津川の昔の写真は、当ブログの初期の頃に記事にしております。お手数ですが検索サイトで「前谷津川 板橋ハ晴天」などの用語で検索してみて下さい。私の古い記憶では暗渠化されたのが1974年ころで、もっと昔は徳丸通りまでが直線化された土手でそれより東(不動通り高島平方面)はコンクリートで護岸された川でした。「暗渠の蓋をはずして子どもたちが遊べるような川」は理想ですが、現在の姿になったのには理由があり、前谷津川が自然の姿でうねうね曲がりくねっていた昭和30年頃までは大雨が降るとたびたび氾濫し、地元住民には困った存在でした。理想は理想であり昔の姿に戻すのが正しいのかはどうかなあと思います。そのために造ったのが水車公園ですが現状の姿は‥ですね。

投稿: | 2017年1月27日 (金) 14時22分

オーク様
前谷津川についてのブログ、以前拝見し、2015年2月2日付けでコメントさせていただいたことがあります。
蓋がされる前の前谷津川のことを教えてくださりありがとうございます。
川の存在も知らない区民がいるので当時を知る方のお話はとても貴重です。
西台駅近くのダイエー付近を流れていたという蓮根川を知る方から、当時の川のことをきいたことがあります。
やはり氾濫や(高度成長に伴う)汚れが目立つ川であるため蓋がされたと聞いたことがあります。
昔の姿に戻さなくとも、川遊びができる板橋区になれば素晴らしいと思っています。
かつて板橋区で川遊びをされたご経験があれば、その当時の様子なども教えていただけたらありがたいです。
水車公園も面白い公園ですが、周辺の溝には水が流れておらず、改善の余地があるのではと思ったことがあります。

投稿: しがき伸也 | 2017年2月 2日 (木) 00時46分

>>しがき伸也さま
コメントをありがとうございます。
私が子供時代を過ごした時期は高度成長期真っ只中で、童謡”春の小川”で唱われるような長閑な風景はもうありませんでした。水害や公害対策のためほとんどの川は直線化されたり浚渫しコンクリートで護岸された姿だったかと記憶します。前谷津川で見かけたのはイトミミズくらいでしたが唯一、大東文化大学近くにヤマトヌマエビ?が採れるスポットがありました。赤塚公園の崖際の用水路はアメリカザリガニのメッカでしたが。
水車公園が出来た当時のことは知りませんが、先年無くなったほたる館や徳丸の昆虫公園もそうですが出来た時はそれを造るために奮闘した方々により盛り上がりますが、維持管理も行政頼みでは先細るのは当たり前で、金の切れ目が縁の切れ目で結局はボランティア頼みになり、それも関心が持たれなければ人も集まらず‥こうした例はいたる所で見受けられますね。

投稿: | 2017年2月 2日 (木) 09時46分

オーク様
早速の返信ありがとうございます。また、子ども時代の前谷津川の様子を教えていただきありがとうございます。
ヤマトヌマエビがいる川っているのは素敵でしたね。
ホタル館、昆虫公園、いずれも無くなる前に伺ったことがあります。行政頼みでは先細るっていうのを痛感した次第です。
水車公園脇だけでなく、赤塚新町公園内や、赤塚しのがやと公園脇にも水の流れない立派(!)な溝
(かつてはポンプで人工の水を流していたがポンプが壊れたか何かで流されなくなってしまったと聞いたことがあります)があり、
そういうのをみると、なんとかならないものだろうか、と思うばかりです。

投稿: しがき伸也 | 2017年2月 2日 (木) 23時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 20世紀最後の板橋区。:

« 板橋区民、追記する。 | トップページ | 板橋区民、先日放送の「なんでも鑑定団」に違和感を覚える。 »