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板橋区民、解析する。

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 日差しは暖かいですが風が強いと寒いっす。


久しぶりに成増飛行場について書きます。

これまでも、米軍が撮影した偵察写真はいくつか紹介してきたけれど、印刷された物だったり、解像度の良くない物ばかりだったが、密着プリントに近い解像度のオリジナル写真が手に入った。
冒頭の全体画像は、ブログの容量規制のために解像度を下げているけど、実物は70年以上前のプリントにしては実に鮮明だ。

今回の写真はとても興味深い。

パッと見、記載が少なく、ん?と感じるが、戦時中のことをある程度興味を持って調べている方ならピンと来るはずだ。それは、この偵察写真が兵器の配置を分析したものと推察されるからだ。

中でも注目していただきたいのは、右上の部分、<7H/AA>と矢印されたポイント。ここは、先日の”かがりやま”の記事で取り上げた場所に隣接し、新大宮バイパスを挟んだ赤一中の西側対面にあたる部分で、以下に拡大画像を紹介する。

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もう正解は地図上に書いてあるけど、赤塚にあった高射砲の陣形を確認できる画像なのだ。

前から、赤塚高射砲陣地の場所については国土地理院の地図閲覧サイトで確認していたけれど、ブログなど個人使用できなかったので記事にはしていなかった。
高射砲陣地は、砲を6門半円状に並べた陣形で、他サイトで紹介されている様々なパターンの配置の中の一つに当てはまるタイプで、高射砲本体は以下のように設置されている。

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板橋地域に展開していたのは、谷口正三郎大佐率いる高射砲第116連隊(他に常盤台の平和公園に前野町高射砲陣地があったー陣形は赤塚と同じ。)である。上の画像は九九式八糎高射砲の例で、この砲では高度1万メートルを飛行するB29には届かないため、昭和18年正式採用の三式十二糎高射砲が設置されていた可能性もあるが、終戦までに140門ほどしか製造されなかったので、板橋に設置された砲は九九式かもしれない。

偵察写真に書き込まれた略記号の意味ですが、「AA」は軍事辞典によると対空砲を表す略号で、飛行場に書き込まれている対空砲のポイントも他の資料と一致している。ただ、冒頭に書いてある、”7H”などの記号が何を表すのはまだわからない。「DISPERSAL」は”拡散”の意味で、飛行場の外側に描かれた破線の道には飛行機を隠匿する壕が点在するので”退避路”のような意味に使われているのだろうか。「FIRING BUTT」はそのまま”射撃場”の意味ですね。

さて、もう一点、「RADER S/L」とありますが、板橋区の発行する”平和祈念マップ”によると、この地点は高射砲第116連隊の駐屯所になっている。英語の読みからするとレーダーが設置されている場所と読み取れるけれど、高射砲部隊とレーダーは密接なので、両方とも間違いではないのだろう。S/Lは「S帯(2G~4GHz)」「L帯(1G~2GHz)」を表すのだろうか?下に矢印のポイント部を拡大してみる。

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画像を横切る白線は川越街道で、レーダーは現在のアコレ(元NTTの建物)の裏手にあたる場所に展開していたようですね。残念ながら、拡大しても配置の様子まではわからない。米軍側はなぜ分析できたのだろうか?この偵察写真は、文字を書き込んでからさらに複写してプリントされたもののようなので、オリジナル写真はもっと鮮明なのかもしれない。


‥それにしても、写真から判断するに、B-29偵察機は1万メートル以下の高度(1万メートルだと東京全体および周辺部まで写る)で飛んでいるようなのに、赤塚高射砲陣地に設置された砲はすべて砲門が真ん中を向き、臨戦態勢になっていないような気がしますね。米軍側にはナイスな写真でも我が軍としては何ともはや‥な感じですなあ。。

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コメント

はじめまして。
板橋や練馬に関する貴重な写真・資料の数々、常々拝見させて頂いております。
自分も光が丘~成増の出であるため、故郷のことを深く理解するという意味でも、貴ブログを大変有り難く思っています。

さて、上の写真の「7H」等の記号ですが、他の数字付きの記号を見ると「4M」や「2L」というものもあり、恐らくですが高射砲の数及び種類ではないかと推察します。
安直な考えではあるかと思いますが、LowからHighまで各火砲の射程に応じて記号を付与しているのではないでしょうか?
Hが3式であれば、防空虎の子たる3式を飛行場から離れた位置に設置し、飛行場を爆撃された際にまとめて撃破されるのを防ぐ意図があるのでは、と浅はかながら思いました。

投稿: 無銘 | 2016年11月19日 (土) 20時38分

>>無名さま、コメントをありがとうございます。
ご指摘にあります通り、最初の数字は砲門の数を表し、赤塚の高射砲は矢印に隠れているものを含め7門と思いましたが、他の例を見ると6門のケースばかりで、国土地理院公開の昭和19年10月22日に陸軍が撮影した空中写真では6門が確認でき、昭和22年に撮影された撤去後の跡地に残る痕跡でも6門と数えられるので”6門”と記事には書きました。しかし、前野町は8門あるようにも見え、断定には至っておりません。
有名な久我山高射砲陣地には五式十五糎高射砲が設置されていましたが、赤塚に三式十二糎高射砲が設置されていたかどうかは微妙ですね。三式は八幡製鉄所など重要施設のある拠点に置かれていたようで、成増飛行場は重要度から言うとそんなに高くはなかったかと思います。お隣の調布飛行場がどのようだったかを調べれば推測がつくと思いますが、怠慢によりまだそこまでは確認しておりません。

投稿: | 2016年11月19日 (土) 21時39分

オークさま
細部にわたるご指摘・ご回答ありがとうございます。
なるほど、そうなると断定は難しいですね。
調布には三式十二糎高射砲の中隊が2コか3コおかれていたようなので、あるいは成増も、と思ったのですが、他の重要地域や砲の生産数を考慮するとやはり断定しきれませんね。

投稿: 無銘 | 2016年11月20日 (日) 08時56分

>>無銘さま
調布の状況をお知らせいただき、ありがとうございました。
調布に三式高射砲があったのは中島のエンジン工場が近かったのと、防空司令部が置かれていたからかもしれませんね。会議などは調布に集まって行われたと戦隊の方から聞いたことがあります。

投稿: | 2016年11月20日 (日) 18時43分

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