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板橋区民、再び解析する for 練馬区

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 実は、板橋区民は気が小さい。

前回の記事で、練馬区内を(ささやかに)荒らし回っていると告白してから、どうも寝覚めが悪い。
なので、先日の成増飛行場偵察写真を使って練馬区部分をもう少し解析してみる。

この偵察写真は、成増飛行場および周辺に展開する対空兵器の位置を観察したものではないか、という流れで赤塚にあった高射砲陣地についての分析をしましたが、飛行場周辺にはもう一箇所、高射砲陣地が存在していた。それが「春日町高射砲陣地」だ。

春日町の陣地跡の畑には、20年ほど前までコンクリート製台座の一部が残っていた。存在を知って撮影に行ったのだけれど、残念ながらその時はすでに撤去されてしまっていて場所もよくわからなかった。
偵察写真には米軍が分析したマークは載っていなかったが、拡大して観察するとギリギリそうらしいと思われる物体が写っているのを見つけた。それが下の画像部分である。

Photo


‥本当ギリギリで確信がもてない。そこで、国土地理院の空中写真閲覧サイトを覗くことにした。

ん?いつもすっとばしていた利用規定をきちんと読み直すと、ダウンロードできる画像については出典を明確にすれば利用可と書いてあるではないか。

なんだ、もっと早く気がつけよ、自分。

てなことで国土地理院画像より春日町高射砲陣地の戦時中の1944年撮影と終戦後の1948年の画像を並べてみる。

S19S23

ハッキリクッキリ写ってますね。高射砲の並びは赤塚と同じで、6門が設置されている。

場所は、現在の豊島園北西の春日町南地区区民館近くの住宅地と確認できた。下に1936年撮影の画像と2013年の画像を貼っておきますね。(もし間違っていたら訂正願います。)

S112013

駐屯していた部隊は、成増に本部があった第116高射砲部隊と思われます。


‥さて、なんだかすっきりしたし、天気の良いうちに練馬区のポケモンジムを潰しに行きますかな。

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コメント

約20年在住する成増とその周辺の様々な事象を深く知る信頼のおけるガイドとして、いつも楽しみに読ませていただいています。この米軍の航空写真では、なぜか成増飛行場の北西端近辺にあった高射砲陣地がある程度確認できるように写っているのにもかかわらず見落とされていますね。練馬の図書館などにある戦中地図でもこの場所を高射砲陣地として示しています(練馬区旭町2丁目23-18)。現在マンションが建っていますが、不自然に住宅地の奥まった場所に四角い敷地として残されている場所です(かつて長く国が管理?)。今も円形の砲台の痕跡がありそうな錯覚に陥いる雰囲気があります。兎月園や花岡学園の近くで白子川を見下ろす小高い丘なので立地的には適していたのかと想像しますが。
↓ねりまっぷの昭和22や昭和38年の航空写真でも砲台が見て取れます
http://www.gis.city.nerima.tokyo.jp/AigsNerima5/Main.aspx
こうした点から米軍がどこまで徹底して敵陣調査を行えていたのか興味が湧きます。

投稿: maco | 2017年1月23日 (月) 00時26分

>>macoさま
いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。
ご指摘のありました練馬区旭町2丁目付近にあった陣地ですが、「軍事極秘・成増飛行場飛行場記録」には<対空射撃陣地>として示されておりますので、おそらく対空機関砲が設置されていたものと思われます。高射砲は高射砲連隊が管轄しており、旧板橋区内では赤塚、前野、茂呂、春日町のみと考えて良いのではないのでしょうか。機関砲は小さいので米軍も見落としていたのかもしれません。

投稿: | 2017年1月23日 (月) 09時45分

オーク様。早速のご返信をくださりありがとうございます!丁寧なご回答いただき感激です。なるほど。扇状に砲台が並んでいても高射砲とは限らないのですね。勉強になりました。この写真では飛行場周辺の数多の掩体壕などもほぼノーチェックなので偵察のポイントが?ですね。でも本当に興味深い資料ありがとうございます。
全く別件なのですがオーク様にご存知であればお教えいただきたいことがありまして。和光市丸山台3-12-6にある写研の埼玉工場敷地内にある格納庫のような古い建造物のことです。戦中の周囲に何もない頃の航空写真にも写っており、この辺りは軍需工場地帯だったことから、また、敢えて撤去せずいることから、何か軍関係の遺構なのかと思ったりしているのですが。ご存知であればお教えいただけると幸いです。
PS
赤塚田遊びもうすぐですね。楽しみですね。

投稿: maco | 2017年1月23日 (月) 12時29分

>>mocoさま
あくまで推測ですが、冒頭の偵察写真は対空施設について記入されているもので、掩体などの防空施設は対象としていないと思われます。和光市丸山台の古い建造物については確認できませんが、当該地が戦前に軍需工場地帯だったのかどうかも把握しておりません。可能性としては伸銅工場、あるいは成増飛行場関連の倉庫があったのかもしれません。

投稿: | 2017年1月23日 (月) 13時52分

重ねて詳しいご回答ありがとうございます。伸銅工場、おおいにありえそうです!今度写研さんに問い合わせて見ようかと思いますが…ぜひ機会あれば現場のご一瞥を!
昨今、空き家排除や老朽建造物の倒壊防止などで戦前戦後の名残の多くが姿を消していくのを見ると寂しさを感じるとともに何かしら記録に残していくべきではないかと切に思います。オーク様のブログや活動はその一助になられているかと思い陰ながら応援させていただいております。光が丘の清掃工場の建替が始まっていますが、グラントハイツの遺構が顔を出したりしないかと妄想している今日このごろです。ブラタモリで啓志線が取り上げられる際には識者としてオーク様がご登場されることを願って止みません。(あの番組は大戦絡みのものはあまり取り上げないのですが…)また今後もいろいろとお尋ねさせていただきます!よろしくお願いいたします。

投稿: maco | 2017年1月24日 (火) 02時00分

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