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海の日だしマニア向けのお宝でも公開するか。2016夏

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 今日は海開きのところが多く、海水浴やプールへ行っている板橋区民も多いかな?


近頃、収集品についての記事を書かず温泉だのラーメンだのの話しばかりでもう収集はやめたのか、とお思いの方も多いかもしれない。

確かに、若いころより、残された寿命を思えば今後の収集のあり方に対する心境に変化が起こるのは致し方ない所もある。今月、テレビ放映開始50周年で盛んにウルトラシリーズがテレビで取り上げられているけど、その名言の一つ、「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」とは収集道についても(悲しくはないけど)ちょっと通じるところがある。


そんなことで今回は近年収集した東上線の切符を公開。その中でも戦争を振り返る夏なので、戦時中から戦争直後にかけての貴重な品を公開しますね。

基本的には”板橋区内に関係するモノを収集する”という方針なので、掲出の切符も板橋区内にある駅に関するモノだ。ただし、戦前戦後初期は東上線の切符自体があまり市場に出てこないので、埼玉県内のモノにも手を出すこともある。けれども、やはり人口が少ないのか川越は他線を使うのか、出回るのは板橋区内駅を利用する切符が多いような気がしますね。

最初の切符はA型硬券で、大正後期から見かける形式だ。すでに物資が欠乏しているのか券面には東武地紋がない。問題はこの券の裏面で、全面赤でさらに赤の横線が二本ある。赤横線のある券は見かけるけど、全面が赤なのは初めて見る。このような券は東武本線でもみたことがないので、”いたずら”で塗ったのか?と思えなくもないけど、それにしてはきちんとしているような気がする。う〜ん謎だ。

2番目は我が故郷、東武練馬駅発行の切符で、消え掛かっているのでわかりずらいがおそらく昭和18年発行で、もういかにも物資が欠乏して質の悪いダンボール紙に印刷したって感じですね。

3番目は終戦後間もない時期の軟券で、本来は硬券の上に貼る東武地紋紙を流用したんじゃないかと思えるくらいのぺらぺらな切符だ。まさに東上線が買い出し客で溢れ”イモ電車”と呼ばれた、究極の物資欠乏時期に使用された切符だろう。

さて、今回の目玉は4番目のB型硬券だ。形式は補充券で池袋駅に常備されていた切符だろう。
何が珍しいかと言うと、東武地紋が青色で印刷されてることだ。これは東武本線でときどき見かけることがあるけれど、東上線では非常に珍しい券だ。昔、切符収集の大家から見せてもらった東上線の進駐軍専用券がこの形式で、日本語の部分が英語表記になっていた。以来、この券種は見たことがなく、長年出会いを夢見てきた切符なのである。


何ヶ月か前、収集について書いた記事に東上線の切符について質問のコメントをいただき、「戦前A型の補充券で赤横2条」の券を所持しているが他に同類の券を見たことがなくあなたは持っているか?との内容で、私は持っていない券だった。

問い合わせの最後に、手持ちの乗車券を系統立てて整理して公開してくれないか?と書かれていたけれど、それはこちらも誰か収集の大家の方にお願いしたいことで、なかなか難しいことだ。それは、存在していただろうと思われるまだ未見の切符がたくさんあるので、物理的に無理なのだ。
一番良い方法は、東上線の切符を収集している方々が画像で良いので切符を持ち寄り、協力して分類や公開を行うことだと思いマス。

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