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板橋区民、一世代前の大山に立つ。

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 雨だったり晴れだったり忙しいですね。


今回は1979年に撮影した大山ハッピーロードの写真から。


いままで東武練馬シリーズを公開してきましたが、こんどは大山だ。
なんで1979年なんだ?と思う方がおられるかもしれないけれど、それまでオリンパス派であった板橋区民がニコン信者に転向し、スナップ写真の練習を盛んにしていた時代だったからで、そのネガを捨てなかったから写真が残っているのだ。他に、同時期に高島平団地や池袋、新宿、原宿などで撮影してましたがそれらはまたの機会にでも。

ここ何年(何十年)も写真雑誌を見てないけれど、写真雑誌には必ずコンクールコーナーがあり、カテゴリーとして「スナップ写真」という部門があった。個人情報のうるさい現在ではどうなっているのかわからないけれど、いちいち許可をとらなければ街角で写真を撮れないかのような時代になるのは息苦しいことだと思う。

撮影地の大山ハッピーロードは戦後に誕生した商店街で、それまでは旧川越街道沿いの一地域に過ぎず、東上線の大山駅が開業してから(1931年・昭和6年)本格的に商店が増えはじめ、大東亜戦争後に闇市として一気に商店街の原型ができたという。

ハッピーロードにアーケイドができたのは1978年で、それまでは”大山美観街”という名前だった。(この辺おおざっぱですがすみません。)
板橋区民は水道タンクの近くに親戚の家があったので子供の頃から大山駅を利用していたけれど、アーケイドのなかった時代をさっぱり思い出せない。覚えているのは今のクレープ屋の隣?に「元禄寿司」という当時めずらしかった回転寿司があったことだ。不確かな記憶だけれど、たしか東京で初めてか最古級の回転寿司屋だったと思う。

大山ハッピーロードは現在でも都内有数の商店街で、マスコミの取材も多い。そして区内でももっとも写真に撮られたことが多い場所だろう。板橋区にも相当数の古写真が残っていたりする。

しか〜しである。

アーケイドの無かった時代の写真を見ても、自分には懐かしい感情が浮かばない。それは実感としてその写真の風景を捉えられないからだ。

その点、掲出の写真は自分が撮影したのもであるし、アーケードが出来た翌年に撮影したものであり、1990年代に大幅に改修され店も変わったけれど、現在にも通ずる風景なので、懐かしさを共感できる人は多いかもしれない。
にしても40年近く前なので、ここに写る幼児はいまや40代、母親世代は後期高齢者だし、お年寄りの方は100歳を超えるお歳になっていことを考えると感慨深い。


現在、大山ハッピーロードは補助26号線計画が本格的に進み始め、分断されようとしている。もともとアーケイドはこの計画を阻止するために当時の方々の奔走により建設されたものなのだが、時代も世代も変わったということなのだろうか、もしも新道路が建設され、分断されたアーケードの維持をどうするのかも大きな問題であり、将来的に撤去ということになれば、掲出の写真に懐かしさを共感する人もいなくなるのかなあ‥

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コメント

今晩は、度々お邪魔します。
大山ハッピーロードのアーケードは1978年でしたか。もっと前からあった様な気がして当時を思い出しても、通りの両側に商店が迫り、人の往来が盛んであった事しか思い出せませんでした。
それも其のはずで、大山に行く事など、中学入学時に「勉強堂」に制服を買いに行く位でした。今は「ベン&ベン」と言う店名に変わったようですが、私が中学時分は学生服を扱う店が大山の勉強堂しか無かったようです。
その時の記憶を探ってもアーケードの事は全くわかりません。

お貼りになった写真を見ると、上の三枚の真ん中の写真に写っている右側三人の女性のセンターにいる人の着ている服。
この服は確か、「木ノ内みどり」がグラビアで着ていた服と同じで、私が好きだった女性も同じ服を着ていた・・・などと遠い青春の記憶が蘇って来るのです。

投稿: ひでぼう | 2016年6月23日 (木) 23時58分

>>ひでぼうさま
いつもコメントをありがとうございます。
そういえば制服は「勉強堂」が指定店でしたね。私が購入した時もアーケイドの無い時代でしたが2階が確か制服売り場だったような記憶しかありません。
木ノ内みどりが着ていた服はジャンパースカートっていうやつですか、他にもマキシマスカートやパンタロンの方もちらほら。お年の方と子供は今もあまり変わりませんね。
カメラ屋さんの前ではデビューしたての榊原郁恵ちゃんが微笑んでます。懐かしいかぎりですね。

投稿: オーク | 2016年6月24日 (金) 09時41分

オークさま今日は。
先ほど、グーグルのストリートビューで大山のアーケード街を見ていました。(この様な所も見れるのですね。)
「勉強堂」今はBen&Benは、大山駅からもう少しで川越街道に出る程に歩く地点にあったのですね。こんなに歩いた記憶がありませんでした。

ところで、1970年代頃だったと思いますが、このアーケード街の中ほどの場所に、東上線の車両(昔のベージュにオレンジの窓ラインカラー)の様な物を飾ってあったのを見た事があるのですが、そのようなオブジェ?を見た記憶はありませんか。

投稿: ひでぼう | 2016年6月25日 (土) 12時07分

>>ひでぼうさま
コメントをありがとうございます。
東上線の車両のオブジェがあったという場所は記憶にありません。時期は違いますが商店街には近年まで「グリーンマックス」という鉄道模型の店がありましたね。ビルの前に踏切のオブジェ(本物)を飾ってましたっけ。
普通は見覚えのある昔の写真を見ると突然思い出すこともあるのですが、大山はどうも思い出せません。あまりに店が多かったせいなのかどうなのか‥

投稿: | 2016年6月25日 (土) 13時43分

ひでぼうさま

>ところで、1970年代頃だったと思いますが、このアーケード街の中ほどの場所に、東上線の車両(昔のベージュにオレンジの窓ラインカラー)の様な物を飾ってあったのを見た事があるのですが、そのようなオブジェ?を見た記憶はありませんか。

グリーンマックスで間違いありません。私が小学生の頃は鉄道模型専門ではなくプラモデル等も売っていた模型店でした。
踏切のオブジェ(本物)の左横の店舗の外観が東上線を模したものでした。

投稿: mihai | 2017年5月23日 (火) 13時09分

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