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板橋区民、一世代前の大山に立つ。(縦位置特集)

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 蒸しムシしますね。。

引き続きまして1979年@大山第二弾、ということで。


最初の写真は大山ハッピーロードの北側、現在の遊座商店街で、当時は「板橋区民館通り」の看板がありました。ずっと文化会館だと思ってましたが、違う名称なんですね。

わかりにくい配置になりましたが、次の写真は最初の写真の左となりにカメラを振って撮った写真で、ゲーセンが写ってますね。ここで3枚目の写真へ、これはたぶん現在の大山駅北口を出たところにあるパチンコ屋だと思いますが、ここもゲーセンでした。両方ともインベーダーゲームをメインにしたゲーセンです。

さて、2枚目と3枚目の写真、同じゲーセンでも違いがありますがわかりますか?

答えは2枚目の「TVゲーム インベーダー」がパチもんで、3枚目の「インベーダーハウス リカ」が正規店なんですね。正規店はインベーダーハウスと名乗ってました。

あの一世を風靡したTVゲーム「スペースインベーダー」は、株式会社タイトーが1978年(昭和53年)6月に発売したアーケードゲームです。
この写真は発売翌年の6月に撮影したもので、ようやく大山に専門店が出来た頃。インベーダーゲームは爆発的な人気を博したため、初期のころはコピーマシンが氾濫し、こうしたパチもの機を置くゲーセンもばんばん増殖していたのだ。だから3枚目の店は看板に”タイトー製”とでかでかと書き、正規品を置く店だとアピールしているのです。

もちろん撮影当時はそんな業界事情なんぞ知りませんでしたが。

薄い記憶を辿ると、ブラウン管に映し出すTVゲーム機が登場したのが昭和40年代の後半で、最初はピンポンだかテニスと銘打った球を弾き返すだけの単純なゲーム機しかなくて、そのうちブロック崩し的なものへ変化し、インベーダーをきっかけに大革命が起きて、「ギャラガ」とか「平安京エイリアン」とか「パックマン」など世界的にもヒットしたゲーム機が普及していったような感じですかね。とにかく身近に「新しいもの」がどんどん増えていった時代でした。(ウオークマンとかビデオデッキとか)

いまでは写真といえばデジカメですが、はじめてデジカメの概念を知ったのも1980年代初頭のこと(ソニーが開発したマビカ)でしたか、当時、文系脳の工学部生だった板橋区民は、教授がスライドで”未来のカメラ”について講義しても実感として全く理解できず、おとぎ話を聞いてるようでした。パソコンもフォトショも概念にないんだからしかたありませんが。

考えてみれば板橋区民世代は戦争の実体験こそありませんが、アナログ時代からデジタル時代への劇的移り変わりをリアルタイムで経験し(その過程でさんざん無駄な投資を強いられましたが)、それはそれで未来の人たちから羨ましがられるのかもしれません。1979年当時、携帯電話やネットやパソコンがこんなに生活になくてはならないほどのものになるなんて、一般の人間には想像すらできませんでしたからねえ。。

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