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ミッドナイトな東武練馬駅。

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 G.W.後半戦、区民の皆様はいかがお過ごしでしょうか。我が赤塚郷の赤塚公園バーベキュー場は大盛況ですね。

先日放映されたテレビ朝日「路線バスで寄り道の旅」は、板橋区内を巡る旅でしたね。見慣れた赤塚郷内がふんだんに映り、満足でした。アナウンサーの徳光氏が、松月院の前ご住職の妹さんと立教大学の同級生で大変親しい間柄とは知りませんでした。


今回もまたまた1979年の東武練馬駅です。撮影時期は11月下旬とフィルムホルダーに書いてあります。深夜に近い時間帯で閑散としていますね。最初の写真は電気が暗いから終電後かな。木枯らしが吹きすさんでいるような寒さを感じます。。

最近では11月下旬なんて冬という感覚がありませんが、昔は寒かった。子供の頃はしもやけがひどくこの時期はすでに指がパンパンに膨らんでいた記憶がある。それと、霧がほとんど出なくなりましたね。東上線が止まるなんてよくありました。これも激しい住宅化によるものですかねえ。

さて、昭和時代の夜の東武練馬。我が徳丸側(北口)はそりゃ閑散としたものでした。飲み屋街なんて皆無でしたし。
それに引きかえ南口はある意味、賑やかでした。小さいながらも下練馬宿という宿場街でしたし、旧川越街道沿いの北町商店街は昼間は買い物客でごったがえしてましたから。

ある意味、と含みを持って書いたのは、北町には大はキャバレーから小はスナックや小料理屋など夜の店もたくさんありました。不名誉な話なので書くとまた怒りのコメントを貰うかも知れませんが、18歳以下の不法就労でしょっちゅう摘発をうけ新聞沙汰になっていたこともありました。

話を東武練馬駅に戻しますが、37年前の構内はこんな感じでした。屋根の歪み具合とか今とあまり変わってはいない気がしますが、現在では目の不自由な方用のゴムのタイル部分が増えた‥くらいかなあ、と見るとそうだ灰皿が存在感を放ってますね。東上線ではあまり目立たないけど、新宿駅なんて線路はタバコの吸殻で溢れかえってましたっけ。新聞や雑誌を捨てる人が多いせいかゴミ箱もけっこう目立ちます。天井に電光案内版がないせいか上部はずいぶんスッキリした感じがしますね。

南口出口の写真ですが、中央あたりに忘れ物掲示用の黒板が見えます。昭和の遺物としては”伝言板”がありましたっけ。待ち合わせなどのメッセージを書き込む場所で、3時間経つと消す、と注意書きがありましたが、書いた時間を書き込まないないことが多いのでどうしていたんですかね?
改札口にはまだ切符にパンチを入れていた時代の名残が見えます。

切符の自販機ですが右手奥が70円区間(下板橋?〜池袋まで)専用、手前が小銭専用、大きいのがお札も使えるタイプで、切れてますが左側手前には西武線、営団線、国鉄線乗り換え自販機と回数券や定期、長距離用などの窓口がありました。
私のコレクションによると東上線の軟券販売機券が出たのが昭和37年ころで、国鉄乗り換えの切符は窓口で硬券を購入していたと思います。

近い将来には東武練馬駅にもホームドアが設置され、その時には大幅に駅の様子が変わるかもしれません。

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