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板橋区民、身を削る。

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 今日で5月も終わり。爽やかな季節から蒸し暑くジメジメした時期へと徐々に移り変わっていますね。。


ここのところ集中して「軍事機密 陸軍異動通報」という資料の解析をしている。この資料は、陸軍将校の任務配置替を告知する一次資料だ。会社で言えば人事異動の辞令ですかね。

異動通報には軍の学校を卒業して将校として任官したいわば”上級職”の人事しか載っていないけれど、その人数は多く、何千人もの名簿を見ていくのはなかなかしんどい作業だ。
こちらは若い頃からの近眼と乱視に老眼が加わり、さらに緑内障を患う身なのでとにかく眼が辛い‥。緑内障にとって眼圧の上昇は死活問題なのだがしかたがない。このままでは晩年の棟方志功のようになってしまうのでは‥と危機感を持ちます。。

と、個人的な話はさておき「軍事機密 陸軍異動通報」の続きですが、なにを調べているかというと、成増陸軍飛行場に関わる将校の人事異動の洗い出しを行っているんですね。
飛行47戦隊は、基本的に戦闘機隊が3コ中隊と整備隊と戦隊本部で構成されているけれど、残念ながらそれぞれの名簿は存在していない。(戦隊史を作成しようとした際に作った全体の名簿はある。)

全体の名簿にも、誰がいつ成増に赴任したのか、また転出したのかなどの詳しい情報は記載されておらず、記念写真や個人の手記や話による情報で一部が確認されるのみで、当然一次資料との照合もされてなく、ぶっちゃければ基本情報の整備も全く出来てない状態なのだ。当時を知る方々からの情報提供が不可能な現在では、残された資料を発掘し、こつこつとその隙間を埋めていく地味な作業を重ねるしかないのである。


昨年夏、練馬のふるさと館で成増飛行場の解説をした際に、配布した資料を見た方からメールで質問をいただいた。質問は、「47戦隊で結成された空対空特攻隊・震天制空隊を選出するにあたり、配布資料では特攻隊員志願の意思確認が10月に行われたとあるが、自分が国立国会図書館で調べた資料(防衛庁戦史室著「本土防衛作戦」)には奥田戦隊長が11月に特攻志願の意思確認を行ったとの回想記が載っているが、あなたの資料は間違っているのではないか」との内容だった。

その防衛庁戦史室著「本土防衛作戦」に載っている奥田戦隊長の手記は承知しているけれど、当時のことを伺った元隊員の方々の話により、10月に意思確認が行われたことは確かなので、その旨を回答とした。
どうも質問者は、”防衛庁戦史室”という権威ある機関が監修した本なので間違いはない、と盲信されているようであった。

「本土防衛作戦」は、一次資料として信頼できるとは思うけれど、元の当事者の方々の回想も多く、ミクロの点で怪しい所がある。おそらく奥田戦隊長の回想は、ちょっと内容が端折ってあるのか、特攻の意思確認と特攻隊員の選出を同時におこなったようなことになってしまっているのだろう。
とにかく戦時中という時期は非常時であるので情報が混乱し、一次資料と言えど事実はどうだったのかを語るにはいささか心もとないものではあるかもしれない。それと、異動が告知された時と実際に異動した日が違うのはよくあることでもある。


さて掲出の画像は陸軍異動通報の一部で、最初のものは昭和19年1月から47戦隊の整備隊長を務めていた松本公男大尉が9月28日付で陸軍航空士官学校へ転出し、代わりに常陸教導師団教導飛行隊附だった岡田作三大尉が47戦隊整備隊長に任ぜられた時のもの。伝説の刈谷中尉の上司にあたる方だ。基本的に大尉は20代後半で任官する。

次は、昭和19年10月6日発令の47戦隊長交代の異動通報だ。元第68戦隊長を昭和18年8月まで勤め、同年10月3日に新編成された第47戦隊の戦隊長に赴任した下山登中佐から、飛行第246戦隊(根拠飛行場・大正飛行場)の中隊長を務めていた奥田暢大尉が新たに戦隊長に任命された時のもの。この辞令に隊員たちは驚いたそうで、戦隊長に着任するのは佐官クラスが常識であり、尉官クラスが来るのは異例のことだったそうだ。しかしこの数週間後に奥田戦隊長は少佐に昇格した。

3枚目は、47戦隊第2中隊長を務めていた真崎康郎大尉が昭和19年11月23日付で常陸教導飛行師団教導飛行隊附に任命された時のもの。真崎大尉は、転出した常陸教導飛行隊で四式戦と五式戦の性能比較テストを行ったことで有名で、戦後は航空自衛隊の幹部として活躍した。
戦後50周年の記念に光が丘の「平和の碑」で除幕式が行われた際、真崎氏も参加されておられたのだが話をお聞きする機会を逃し、かえすがえすも残念なことだった。真崎氏はこの後ほどなくして体を患い、不帰の客となられた。

実は今回の資料、「軍事機密 陸軍異動通報」の存在に気が付いた時はこれで調べが進むと思ったけれど、読んでいても成増飛行場にかかわる人たちはごく一部しか載っておらず、また新たな資料の発掘をしなければならないのである。。嗚呼、エンドレス‥


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