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板橋区民、「なんでも鑑定団」を語る。

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‥いい加減にしてほしい。

芸能ネタに乗って記事を書くのは安易じゃないの?

アクセスをいただいた方々から、そんな声が聞こえてくる。。


最近、テレビ東京製作の人気長寿番組「なんでも鑑定団」が芸能ニュースを騒がせている。

番組構成についてはいまさら述べるまでもなく、持ち込まれた様々な依頼品をその道の鑑定師が品定めをして”値段”をつける、という趣旨だ。依頼品にまつわるウンチクと、その価値をわかりやすく”金額で表現する”という上品と下品の絶妙な組み合わせが、20年以上続く長寿人気につながっているのだろう。

そんな老舗番組が、なぜ今頃騒動になっているのかといえばもう皆さんご承知の通り、番組開始当初から司会を務めている石坂浩二氏が、突然降板することになったからだ。

この時期はテレビ芸人にとってはドキドキする時期だそうで、4月の番組改編の内容が関係者に知らされ、番組が無くなったり出演者の降板などが伝えられる時なのだとか。石坂氏の騒動もその一環と思われるけど、22年余りも続く人気長寿番組から去るのはそれだけでもニュースになるし、しかもそれが病気や引退ではなく、本人の意思にかかわらず”局内の事情で降板する”ことが騒動の広がりとなったようだ。

記事ではここ数年、石坂氏の発言が意図的にカット編集され、出演シーン自体もほんの数分にされてしまったと伝えている。私も番組初期からの長年のウオッチャーなので、近年、石坂氏の発言シーンが少ないことに気がついていたけれど、それが”恣意的に”行われていたことまでは想像できなかったので驚いた。
番組制作者側からすれば、テレビもデジタル時代に移り、番組の手法も変えたくなったのであろうことは想像がつく。

まっ、一視聴者である板橋区民には”真相”はわからないけれど、石坂氏が「なんでも鑑定団」の空気(品格)を作ってきたと思っているので、降板されるのは残念だ。
しかし、4月からはBSジャパンでお宝にまつわる新番組のメインをされるそうなので、これはこれで楽しみである。

その昔、大物切符収集家の元で行われていたオークション会に足しげく通っていた頃、収集家の方がしきりに”石坂クン”と名前を出していたが、石坂氏は収集家としても有名人で、特に蒸気機関車のナンバープレートコレクターとしては抜きん出ていた存在だったという。


さて、本題。

この番組では、スタジオにゲストを呼んで鑑定を公開する枠と、地方に出張し、ホールなどで公開放送を行う枠がある。これは番組開始当初から変わらない構成で、特に公開放送は人気があり、開催依頼が引きもきらないそうである。

過去、我が板橋区でも公開収録が何回か行われたようで、実近では石塚区長が任期最後の頃に、板橋区民会館でおこなわれたと記憶する。確かコーナー最後に、石塚区長が板橋区にあった光学メーカーで作られた幻のカメラを探しているので、もし出てきたら100万円?出します。とかで締めたんじゃなかったかな。その後、その幻のカメラが見つかったのかどうかはわからない。。

板橋区民は、”板橋区を趣味とする。”と宣言して以来、テレビで板橋区に関わる番組があると取り敢えず録画し、必要と思ったものは保存してきた。しかし、グルメを紹介する番組は基本的に除外していたりする。それは、老舗を紹介するならば良いけれど、残念ながら10年以上続く店はとても少なく、きりがないからだ。特にラーメン関係は厳しい。

そんなテレビ番組を保存したメディアを探すと、「なんでも鑑定団」が録画されているビデオテープが出てきた。放送は平成8年9月24日とある。なんと今から19年も前じゃないか。収録場所は板橋区ではないけれど、東武練馬の練馬自衛隊で行われた。

実は、板橋区民はこの収録を当日見学しに行った。収録日は8月6日と書いてある。

‥そうだ、真夏の太陽がカンカン照りの屋外だったよなあ‥

稼働するVHSデッキはまだ持っているのだが、押入れにしまいこんでいるので内容は記憶を辿って書くのであやふやだけれど、冒頭は、松尾伴内が自衛隊のレンジャー訓練をしてシゴかれているシーンから始まったと記憶する。内容も忘却の彼方だけれど、東武練馬の有名喫茶店「ラビット」の店主の浜さんが、たしかヴィンテージポスターを出品されたのかな、それだけは覚えている。あと、前の方の席で見ていたので、19年前の自分の姿もカメラが客席に振られた時に映ったかもしれない。

ただし、今でもはっきり覚えていることがある。

この日、収録が終わったあと所用があり、東上線に乗った時のことだ。なんと、自分の座った席の対面に、さっきまで鑑定士として出演していたN先生とK先生が座っているではないか!
それから、目線をそらしつつも聞き耳を立ててお二人の会話を聞いていたが、しばらく後、K先生が周りも気にせず大きな声で、「しかし交通費込みで◯万5千円の出演料は安すぎますよねえ、せめて◯◯万円にしてもらえるようみんなで交渉しましょうよ!」とN先生に同意を求めておられた。N先生は答えず、苦笑をしていたのみであった。

電車が池袋に近づくと、K先生がサンシャインを指差し「今度ここにできるナムコワンダーランドの監修もね、僕が担当してるんですよ」とおっしゃった声も聞こえた。


‥あれから19年かあ。。考えてみれば浮き沈みの激しいテレビ界で今日まで生き残っている「なんでも鑑定団」という番組はすごいと思う。マンネリの極致の内容だけれど、ちっとも飽きないのはなぜなんだろう。。いったいどこの誰の意思で続いているのか、まったく不思議である。
できうれば、石坂氏が降板したあともそのパワーを失わずに存続することを願うばかりである。

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