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伝説の人、怒る。

0119

 いや〜〜〜寒いっス。


そんな寒さの中、板橋区民はときわ台で行われたある会合から帰ってきた。
そこで、久しぶりに伝説の方とお会いした。

伝説の主人は、自転車ビルダーの神と謳われたフレームビルダー・梶原利夫氏である。

会うなり一言。「あんたがネットに書いたせいで騒がしくてしょうがないんだ。」

そう、何年か前に梶原さんの工房を訪ねた記事をUPすると、熱狂的なファンの方の目に止まり、それが
元で業界紙に知られることとなり、取材攻勢を受けるはめになってしまったのだ。

梶原さんは、1964年の東京オリンピックで競技自転車の美しさと強さに惚れ込み、日本人初参戦となったメキシコオリンピックで日本人競技者のための自転車を製作、その後はヨーロッパでコガ・ミヤタ車のビルダーとして名を馳せたが、1980年代にビルダー業界から忽然と姿を消し、伝説として語られる存在となった。

‥と言っても、現在も競技用自転車の部品を作りつづけておられるので、引退したわけではない。


昨夜、ブラタモリの後番組で「超絶 凄(すご)ワザ!「ゆっくりでも倒れずまっすぐ進む自転車対決」という番組が放送された。前編後編に分かれての放送で、来週分後編の内容はこうだ。

「起こせ自転車レボリューション!ゆっくりでも倒れずに走る自転車、いよいよ対決です。挑むのは50年の歴史を持つ自転車職人と、最先端のロボット制御技術を武器にする研究者。幅50センチ、長さ50メートルの細長~い一本道を、ハンドル操作をせず、漕(こ)がずに、渡りきることはできるのか!自転車一筋に生きてきた職人の思いと、安全を願いロボット制御の道を志した研究者の魂が、奇跡を起こす!?」

簡単に言えば、ゆっくりでも倒れずに走る自転車を、熟練の自転車ビルダーと科学の力で作った自転車とを対決させる、という内容だ。

会合後、梶原さんに昨夜の番組を見ましたか?とお聞きすると、こんなお答えが返ってきた。

「あんな原理はね、もう何年も前に科学的に計算して答えはわかってるんだよ。昔、村田製作所のロボットがさ、自転車乗ってたCMがあったろ?あれもその一つだよ」

なのである。

あっ、伝説の人が怒ったのはそんなことじゃなく、ちょっと前に、西ヶ丘の知り合いの自転車屋で話し込んでいる隙に、店の前に止めておいた愛車を盗まれてしまったことである。あの、伝説のビルダーが自作した自転車が盗まれてしまったのだ!
おそらく盗んだ相手は、それがマニアからすれば垂涎の品とは知らないだろう。

毎日自転車に乗っている梶原さんは困ってしまい、慌てて工房にある部品でまた作り直したのが写真の自転車だ。タイヤの直径が極端に小さいけど、年寄りにはこれが一番なのだそうである。

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