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⭐︎板橋区民、年末の挨拶をする⭐︎〜さらば2015年〜

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 ここ数日は寒さも増し、なんとなく年末が近づいた感がしますね。。


いき出版社より「練馬区の昭和」という写真集が発売になった。1万円近くもする大型本なので、練馬や板橋の本屋に並べられるのかはわからない。

板橋区民は、義理のある方からの依頼によりほんの少しの部分お手伝いしたが、そのおかげで献本をいただき、ラッキーだった。
今回の写真集はいままで練馬区役所や他の出版社が出した同種の写真集の中で一番写真の量は多いだろう。それは時代を”昭和”で区切ったことが大きく、私も見たことがない写真が満載だった。中でも昭和30年頃に撮影された写真が豊富なのは、練馬区独立10周年を記念して撮影された写真がたくさん紹介されたからだろう。

先日、所用で板橋区役所へ行くと一階の情報スペースで「写真展 区民が撮った! いたばしの昭和 -昭和29年 2つの写真コンクール出品作品から-」(会期:2015年12月14日~ 2016年1月22日)が開催されており、へ〜練馬の本に対抗したのかなぁ、なんてことを思いながら拝見させていただいた。
まあ、限られた狭いスペースでもあり展示数は多くはなかったが、終戦から10年近く経ち、ようやく生活が落ち空いてきた時代の息吹の感じ取れる写真が並んでいた。

この写真展の写真は、「写真コンクール」の名目で募集した区民撮影の写真が使われたことで、これは長い目で見ればとてもよい区内写真の収集の仕方だ。最近では板橋十景、なんてお題で募集されたこともあったけど、何気ない街角のスナップ写真の方が時が経つにつれて価値が高くなるように思うのだ。やっぱり、その時代の板橋区民たちの生活の営みが写しだされている写真がいいなあ。

練馬本の中に、我がふるさと東武練馬駅前の写真が掲載されているけれど、これはなかなか珍しい。駅開業時の写真は記念写真だし、昭和15年ころに、現在の有徳高校の敷地に開校(正確には移動)した府立第九高等女学校の生徒たちが建設地を訪れた際のスナップ写真が残されているけど、そこにも東武練馬駅前は写っておらず、戦前の写真は今のところ確認できていない。踏切の北側(現在パチンコ屋があるところ)に三猿の「庚申塔」が建っていたとの言い伝えがあり、是非その姿を拝見したいのだがまだその願いは叶わずにいる。
この練馬本の駅前写真は、戦後10年くらいに撮影されており、戦前の感じがなんとなくわかるような気がする。

板橋区民が子供時代は、正月用品は北町商店街に買い出しにでかけていた。いまでは信じられないけれど、商店街はアメ横並みの人出でごった返していたものだ。そして正月を迎え、親戚の家へ行くために東武練馬駅へ向かうと駅前の店は全て閉まり、閑散としていた。5日ころまで店は開かず、せっかくお年玉をもらっても使うことができなかった。静まり返った商店街の、あの寂寥感はいまでも忘れられない。
少し大きくなり行動範囲が広がると自転車で成増まで出張し、丸井(現在のダイエー)で遊んでいたっけなあ。。たしか大きなモデルガン売り場があって、もらったお年玉すべてを使ってワルサーP38を買ったっけ。たぶんルパン三世に影響されたんだろう。今から思えば、もっとましな金の使い方をしろよと説教したいところだけど、いまだに似たようなことに金をつぎ込んでいるので怒れない‥

翻って現在の東武練馬駅前は年末も正月も大賑わいで、それはそれで良い時代になったなあと感慨深い。昭和47年に高島平団地ができると成増菅原神社、赤塚諏訪神社、徳丸北野神社、西台天祖神社が初詣参拝者で賑わうようになり、昭和52年ころに松月院下の浄蓮寺に東京大仏が建立されてからは正月の三が日は人で溢れるようになった。つくづく、感慨深いものです。


さて、少し早いですが、本年もこの拙いブログを覗きに来て下さったたくさんの方々に感謝をいたします。ありがとうございました。来年はまたあらたな研究に取り組み、皆様方のふるさと板橋区の栄光の歴史をお伝えできればと精進する次第でおります。

それでは、良いお年を迎えられますように。。

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コメント

「板橋区の昭和」も、先日いき出版さんから発行されました。
旧赤塚郷地域と、旧広岡郷地域はやはり街の空気が微妙に異なっていると改めて感じました。

後半は昔の学校や遊びの写真に多くのページを割いていて、小さい子の顔がはっきり写っているカットが一杯。
何十年も過ぎているとはいえ、何かと小うるさい昨今のご時勢を考えると、少し心配になってきます。

今は、街角のスナップ写真もうっかり撮れない時代ですものね。
今の子供が大きくなる頃には、かえって生活の営みの記録が残っていないかもしれません。
「2010年代にはスマートフォンというものを子供も使っていたらしいが、それはどのようなものだろう?」とか。

投稿: Windy 41 | 2017年2月 9日 (木) 13時17分

>>Windy41さま
コメントをありがとうございます。
先月、新年行事の関係で今回の「板橋区の昭和」の編集責任をされた方とお会いした時に、なんで写真提供の声をかけてくれなかったのか、と苦情を申し上げてしまいました。写真提供をしていればあの高価な本をタダで貰えたのですが残念でした。
個人情報についてはあまり騒ぎ立てると困るのはマスコミの方なので、厳しすぎるような状況にはならないかと思います。クレーマーはいつの世でも存在するので、仕方ありませんね。

投稿: | 2017年2月 9日 (木) 14時23分

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