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赤塚郷民、(少し)反省する。

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 涼しい。。

北海道から帰っていらい、リハビリのため近くの温泉に通っている。おかげでだいぶ調子が良くなったようだ。
私が好きな温泉は、筆頭として新座の先にある埼玉スポーツセンター(埼スポ)だが、たまに板橋スパディオやさやの湯に行くこともある。さやの湯は、都内の温泉ランキングで常に上位に入る人気で、汲み上げた源泉を加水や加温せずにかけ流ししている点と、落ち着いた日本庭園や入場料のコスパの良さで、人気があるのも納得出来る。ただし、人気ゆえ基本的に混雑しているのが難だ。源泉が流れ込む最初の湯船が狭く10人も入ると目一杯である。ある時、子供がはしゃいでビチャビチャと水を跳ね上げながら走り回っているところに遭遇し、その水が顔にかかってまったり気分を台無しにされたことがあり、以来、足が進まなくなった。
その点スパディオは入場料の高さ故か適度に空いていて良いのだが、老舗ゆえのアクティビティの少なさがネックだ。思い切って全面改装すればいいのに、と勝手ながらに思う。赤塚新町のお風呂の王様も、温泉ではないのと常に混んでいるのであまり行くことはない。

で、この間、我がポストに和光市の極楽湯のチラシが入っていた。ここへ最後に行ったのは7〜8年前で、なんだか汚れていたイメージがあって、それ以来足が向かなかった。チラシを見て、久しぶりに行ってみようと思い、笹目通り沿いの板橋区と練馬区の境目あたりにある極楽湯へ出向いた。すると、お湯が真っ黒じゃないか!!黒湯は東京近辺が有名で全国的にはめずらしい泉質だ。ただ、浅草や蒲田方面に集中していて、板橋区民としては行き辛い場所にある。すっかり忘れていたが、汚いとは黒湯の印象のせいであり、施設が汚かったわけではないのだ。お湯は手を入れると6センチくらいで指先が見えなくなるくらい黒い。湯温は私の好きな38度(夏場)、すっかり寛ぐことができた。湯上がりに、体を冷ますためかき氷を食べるのだが、ここのかき氷はフワフワかき氷でまことに好みだった。これからは埼スポとともに贔屓の温泉になりそうだ。


‥温泉話が長くなった。
当ブログも、おかげさまで開設以来6年が経過した。基本的に、板橋区に関するあれこれを独断により書き進むというコンセプトで始めたが、取り上げるテーマがだいぶ偏っていることは認識している。地域的には生まれ育った赤塚郷の話題が多い。言い訳をさせていただければ、板橋町方面や熊野町、向原などは自分的に馴染みが薄く、話題の切り口を見つける感度が鈍いのだ。向原なんて、今年春に初めて歩いたくらいなのだ。

前にも書いたが、グルメ的な話題も、とくに現在の事情などはまず私自身が”食べ歩きをする”といった習慣がないのでアンテナが低く、本屋に並ぶ食べ歩き板橋区特集なんかも、ふ〜んと言った感じで眺めるくらいだ。それと、ネット上には個人ブログで板橋グルメ巡りを主催されている方が何人もおられるので、その方々に頑張っていただければ、なんて思ってしまう。さすがに52万人もの人口があると、板橋区に関するブログなどを書いておられる方達もたくさんいて、私も時々楽しませていただいている。なかでも「東京ダウンタウンストリート1980's 」http://blog.goo.ne.jp/kenmatsu_fsさんのブログは、ご自身の撮影された1970年代から80年代にかけての写真が惜しみなく使われ、参考になることが多い。

著者の方の名前やニックネームがわからないので、仮に1980年さんとお呼びするが、取り上げる話題は板橋区だけではないけれど、板橋町で育ち、現在も住まわれているようなので、写真や話題は板橋界隈に関することが多い。この点では私と似ている。違うのは、私が写真や資料を題材に描くのに対し、街歩きを基本とした視点でお書きになっているところだ。文章も手抜きをせず、説明文も私のように写真から読み取れとか自分で調べろ的な書き方をせず、きちんと書き起こしておられる。

こうした1980年さんのようなブログやサイトが増えてくるのはうれしい。巷には、貴重な(地域にとって)品々を集めておられたり、研究をされている方がたくさんおられるので、ネット上で情報公開をしていただくのはありがたいことだ。
そこで、日頃楽しませてもらっていることに敬意を表し、1980年さんや板橋町の方々が喜ぶような基本情報を提供させていただく。

今年になって、「大日本職業別明細図・板橋区」という地図を手に入れた。大正時代から出版が始まった全国版の地図で、板橋区版が発行されたのは1935年(昭和10年)2月だ。商店街や名士の家が載った、いわば住宅地図のはしり(江戸時代には武家屋敷割が描かれた絵地図があるけど)みたいなものである。1987年に柏書房から復刻版が出ているが、5万円以上もする高価な本だ。(そのかわり、東京市全域と周辺町村の地図が入っている)公開している図書館も近くにはないし、コピーするのも大変だ。ましてブログなんかでは使えないし、オリジナルを手に入れるのが一番なのだ。長年探し続け、大枚をはたいて購入したが、開いてみると我が赤塚郷に関する情報が少なく、がっかりして資料庫に押し込んでいた。もともと、この地図は裏面の広告収入が目的なようで、農村地帯なんかはあまり相手にしていなかったようである。
そのかわり、市街である板橋町方面の情報は多く、こちら方面を調べている方には有益な情報も多いと思う。

今回掲載の写真は、この大日本職業別明細図・板橋区の板橋町の一部分と、1980年さんがブログで幼い頃の記憶をもとに再現されていた昭和40年代初期の都立北園高校界隈の住宅地図だ。


で、この地図に対する考察は‥? それは、私より想い出や知識や切り口を持っている方々にお願いすることにしよう。といういつもの手抜きですみません。。(全然反省してないじゃないか!)

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