« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

2014年7月

赤塚号の決断。

046104490450

 みなさま、おはようございます。今、板橋区民とスズキ・ハスラー「赤塚号」は北海道道南の江差に近い道の駅「上ノ国もんじゅ」に滞在しております。日本海が朝日に輝き、とても美しい場所です。(一番左の写真が先ほど撮影したばかりの写真、逆光なので白っぽいですが)

いやいや、昨日は散々でした。別建てのアメーバブログ・赤塚号が(で)行く。に記載しておりますが、余市のニッカウヰスキー工場で試飲をし、おまけに工場限定のウイスキー(千葉の工場が主力で、余市ではあまり量を生産していないそうだ)をしこたま飲んだため、工場隣接の道の駅を旅の宿としましたが、翌朝、(昨日ですね)さあ、出発!というところでアクセルが吹かず、異音がする‥とろとろと駐車場内を走らせたけれどこれはヤバいと判断し、早速、JAFさんに連絡、幸いに町中だったので30分後、JAF車が到着。さらに幸運にもスズキサブディーラーの工場車だったので、余市のスズキ工場で診察することになった。初見で医者(技術の人)が一言。「ミッション、逝っちゃってますね。」

これが意味すること、すなわち「走行不能」。いやちょっと北海道に上陸して二日目、しかも車はまだピカピカの新車じゃん。。
で、工場で詳しく診断すると‥どうやらミッションの異常を検知するセンサーの異常ということがわかった。ようは医者が病気になった、ということか。ディーラーの点検用パソコンのソフトにて異常検知信号の解除を行うとおお、赤塚号は蘇ったではないか!!‥ところがコトはそう簡単ではなく、なぜセンサーの異常がおきたのかの根本的な原因が不明なため、いつまた再発するのかわからない。パンクなどの外的故障ではなく、ソフト的故障かもしれないので、直すにはディーラーの工場が持つパソコンが必要なのだ。(ただしそれは対処法でしかなく、ヒューズを取り替えるようにセンサーを交換すれば良いのではなく、最終的にはミッションごと交換する大修理が必要なのだとか。

さて、これからどうするかの判断を迫られましたが、修理はもちろん新車保証で費用はかからないけれど、その他の保証、すなわちフェリー代などの交通費、宿泊など滞在にかかるもろもろの諸経費は自腹だ。赤塚郷へ帰るまでにまた故障をするのかもわからないし‥まあ、とりあえずの対処法はわかったからこのまま続行かな。動かなくなったら北海道にあるスズキのディーラーに対処してもらえばいいし。という安直な判断を下したワケなのです。

お世話になった余市のディーラーさん曰く、「いや、スズキの修理工場すべてがこの診断コンピューターを持っているわけではないので‥しかも北海道は広いので、原野でストップしたらまずいっすよ。。」と不安をあおる。だが、冒険家としては時にリスクを冒してでも冒険を続けねばならない。(いつから冒険家になった)
板橋区民にも、植村直己さんという偉大な冒険家がいらしたではないか!


という葛藤の後、これから松前を通り、函館目指して赤塚号は進みます。頑張れ、赤塚号。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

板橋区民、幻想に惑う。

05300517

 板橋区はあいかわらず梅雨空でしょうか?

其の後、我が「赤塚号」のミッション異常は起こらず、順調に移動を続けております。

板橋区民はいま、阿寒湖畔のキャンプサイトにて基地を設営し、このブログをお送りしています。(左の写真はそのライブ映像です。)夕ご飯はこのMacの乗ってる机の上で地元産のホッケを焼いて食べました。うまかったっす。

昨夜は、函館から40キロほど東に離れた津軽海峡に面した道の駅に併設されたキャンプ場でテント泊をしました。車中泊の連泊はさすがにキツく、車内整理も兼ねてテン泊をするのです。少人数テントならば数百円の出費で水場の確保やゴミ処理ができるので、利点がありますね。道の駅だとトイレと手を洗うくらいしか出来ませんから。

北海道の朝は早く、今の時期は午前3時半を過ぎると空が白み始め、4時過ぎには日が昇ります。今朝も明るくなると同時に目が開き、日の出でも拝むか、とキャンプサイト目の前の海岸に出てみました。すでに散歩する人や釣りをする人がいます。

日が昇るまでぼーっとしていると、遠くの方から波打ち際を大きな犬?を連れた人がやってきます。犬の散歩かあ、と思いつつ見ていると犬がどんどん大きくなってきます。あれ?と思ったら、その人(おじさん)は小型の馬を連れていました。馬には橇のような物を引かせてます。耳を澄ますと、馬を連れたおじさんは、江差追分のような民謡を口ずさんでいます。

日が昇る前の、霞に包まれた中を馬とおじさんはゆっくりとやってきます。それはそれは幻想的な景色で、私は言葉もなくただただ通り過ぎる様を見つめておりました。
やがて、日が昇るころ、馬とおじさんは波打ち際を引き返してきました。朝日に照らされながら、ゆっくりと進んでゆきます。


やっぱり、北海道は絵になるなあ。。これからどんな素晴らしい景色に出会えるんだろう。。旅が終わるまで、赤塚号が無事でありっますように‥


| | コメント (0) | トラックバック (0)

赤塚号、滞留する。

055406000655

お久しぶりでございます。
えっと、あくまで北海道中記は、アメブロ「赤塚号が(で)行く!」の方にUPしておりますのであしからず。


北海道上陸以来、天候に恵まれてきましたが、とうとう昨晩から雨模様となり、本日走行した美幌峠から屈斜路湖、摩周湖、阿寒湖は霧がかかり全滅でした。。
前回UPしたのが太平洋側の洞爺湖あたりでしたかね、あれから室蘭ー襟裳岬ー釧路ー納沙布岬ー釧路湿原ー知床半島、とオホーツク側までやってきました。

幸い、道中の赤塚号はミッションセンサーのトラブルも再発せず、順調に動いてくれています。左の写真は襟裳岬に佇む赤塚号です。”赤塚郷エンブレム”が目立ちますね。たまに駐車していると練馬?赤塚郷?なんですか?と訪ねてくる方がいるのでエンブレムの写真を紹介し、赤塚郷および板橋区の広告をしてます。

もう、思い出は書ききれないくらいあるけど、残念なのはまだ北海道の朝日夕日に一度もお目にかかれないでいることだ。朝夕ともに雲が出て、地平線や海面で赤くなるシーンに出会えてないのです。これはホント残念なことです。真ん中の写真は先日までいた釧路湿原ですが、晴れたのは昼過ぎから夕方までで、壮大な夕焼けを見るチャンスはありませんでした。運がよかったのは納沙布岬で天候に恵まれ、北方領土がよく見えたことでした。オーロラタワーから覗いた望遠鏡からはロシアの建物などがよく見え、本当に近いんだなあと思いました。


で、本日は阿寒湖にて宿営をしております。雨なのでテントは張らずにキャンプ場の駐車場で車中泊にしようと思いましたが、キャンプサイトの方より車中泊なら某公営駐車場が5時以降なら止めてもいいので711も横にあるしそちらへと言われたので駐車場にいるわけです。昨日も、知床ウトロのキャンプ場で、雨降りそうだから車中泊しますと言うと管理人さんが、今夜は雨と風が強くなるからここより道の駅の方がいいと進めてくれました。確かにウトロの道の駅はトイレがキレイで洗浄機付き個室が4っつもある、良ポイントでした。が、そのかわり車中泊族がたくさんいて、なんかね、いろんな人がいてそれがマイナスポイントでした。。
(それだけマナー違反が目につくという意味で)
さて明日からは本格的にオホーツク方面を回ります。ということは旅も後半に入ったワケで、ちょっと寂しい、ですね。


 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

板橋区民、最果てのトイレと銭湯で憩う。

0834092309510954

 赤塚郷は厳しい暑さが続いているとか風の便りに聞きますが、オホーツク沿地方は夜はく息が白かったりします。。

本日、赤塚号はとうとう日本の最北の地、礼文島にたどり着きました。網走からオホーツク沿いを一気に稚内まで、そして利尻島から礼文島へ渡ったわけです。稚内のノシャップ岬では、ようやく念願の夕焼けに出会うことができました。

いや〜まいりましたよ。今朝利尻島を出た時は晴れていたのに、礼文島は着いたとたんに豪雨。距離わずか50キロ足らずなのにこの違い。大都市ならともかく、自然の多い島で雨に降られると万事休す。なんも出来ません。しかも礼文島はトレッキング命の島ですから。
ま、高いフェリー代を払って赤塚号を運んだ甲斐があり、こんな時にこそ役に立ちました。基本的には稚内港に車を置き、ツアーかもしくは島内バスチケットを買って周遊するか、レンタカーやレンタバイクを借りるのがデフォですが、数日滞在するなら持ち込んだ方が自由がきいていいと思います。

とりあえず雨の中、最北端のスコトン岬まで行き、しばし車内でセイコマ(セイコーマート・北海道固有のコンビニ)で買ったお弁当を食べながら待機。そして雨の弱くなった隙にスコトン岬を見学。岬にはしゃれた土産物店があり、そこには”日本最北のトイレ”と書かれた公衆トイレがあったので、記念にマーキングをしてきました。
雨は強くなったり弱くなったりを繰り返します。スコトン岬の駐車場にずっといてもしょうがないので赤塚号をトロトロと走らせ、島内巡りをしていると、午後3時ころにようやく雨が上がり明るくなって来た。見晴らしの良い丘の上に出ると、海がエメラルドグリーンに輝いている。なんとなく北海道の海は灰色なイメージを持っていたけど、けっしてそんなことは無く、津軽海峡側も太平洋側もオホーツクもエメラルドグリーンな美しい海を見ることが出来た。

野営地である北部の久種湖畔キャンプ場に着き、ブラブラしていると4時になった。実はこのキャンプ場の近くに”日本最北にある銭湯”と言われている船泊湯があるのだ。4時から開業しているので早速入りにいった。お代は420円。残念ながら温泉ではないけれど、小さくこじんまりした風情が”最果て感”を思わせる銭湯でした。。(4時に行くと当然お湯は熱いので、私のような猫舌な体の人は気をつけたし。)


さて、明日はどうか晴れますように‥


| | コメント (0) | トラックバック (0)

板橋区民、立ち尽くす。

41784241

  赤塚号は利尻島&礼文島から無事稚内へ帰港し、現在は留萌と旭川の中間くらいの地点に滞留しています。

それにしても、礼文島は圧巻だった。着いた日は夕方まで豪雨だったり止んだりと一日ほぼ赤塚号の中で過ごした。そして翌日は待望の晴れだった。
朝からスコトン岬、桃岩展望台トレッキング、午後は礼文岳登山とあわただしく動き、夕方には疲れきった体を港近くの温泉に入って癒した。この温泉がまた(泉質はともかく)景観が素晴らしく、露天風呂からは対岸の利尻富士が見渡せ、さながら生の銭湯絵を眺めているようだった。
もうじき日が暮れる頃で、あっ、今日は夕焼けが見れそうだぞ!っと露天風呂を飛び出し、赤塚号を駆って再び桃岩展望台に登った。

もう7時近い時間なので、さすがに展望台駐車場に人影はない。駐車場から山道をいそいで登ると、一人の人影があった。髪の毛が黒いので日本人と思ったがそれにしては手足が長いなと思いつつ近寄ると、外人さんだった。三脚を立て、まさにベストショットを狙っているところであった。私も息を切らせながらカメラを取り出し、撮影を始めた。

‥そのショットが冒頭の写真である。礼文島から望む利尻富士の夕景だ。画像処理得なんかしてませんよ、撮ったまんまイコール見たまんまの景色です。もうね、ホント息を呑みましたよ。自分は今、天国に立っているんじゃないかと錯覚をしちゃいました。

さて、興奮が醒めてあらためて隣の外人の兄ちゃんと挨拶をかわす。兄ちゃんは日本語を話せるようだ。

で、この兄ちゃん。アメリカのデトロイト出身で、年は聞かなかったけど30代くらいかなあ‥名前はクリストファー・ブラウンさん。かつて世界中を撮影して回っていたけど、5年前に日本に来て礼文島の景色に惚れ込み、3年前から島に住み込んで、郷土資料館で働いたりして礼文島の写真だけを専門に撮影し、写真集を出したりポストカードを出したり、礼文島観光関係の写真を引き受けているそうだ。いかなかったけど、礼文島の郷土資料館にある写真はほとんどがブラウンさんの作品だそうだ。

現場で彼の撮影したポストカードを見せてもらったけど、さすが惚れ込んで住み込んで撮影を続けているだけあって、どれも素晴らしい作品ばかりだった。もうね、私のような一見さんに簡単に撮れるわけじゃあないのだ。それでも、今日の夕日はなかなかないチャンスだったようで、運が良かったそうだ。基本的には春と秋がベストで、中でも秋が素晴らしいショットが撮れるとのこと。ちゃんと夕焼けが見れるのも数ヶ月で数日くらいしかないとか。

ブラウンさんのカメラはキャノンとオリンパスで、特にキャノンには広角チルトレンズを付けていた。さすがプロですね。チルトレンズとは鏡胴に角度をつけられる装置が付いていて、浅い絞りでも画像全面にピントを合わせられる優れ物のレンズだ。それだけに値段もすんごくお高い。もちろんニコンにも同レンズはありますよ。ワタシは持ってませんが。。


‥しかしですな、こんな素晴らしい景色を堪能しているのが外人さんだけとは残念なことだ。ツアーやレンタカーを借りて島内巡りをするくらいだと、夕方のこの時間に展望台に来ることはほぼ不可能だろう。もちろん天候のチャンスにも恵まれなければだめだ。

いや〜それにしても北海道は素晴らしい!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

板橋区民、立ち尽くす。(別の意味でも。)

501045011950124

 わかっちゃいるけど暑いっすね。いや熱い。北海道も暑いけど、それは日差しだけで風が吹いていたり日陰だと快適、というか少し寒い場合もあったり。根室地方なんて夜は吐く息が白い日もあって驚きました。


‥とまあ長期にわたる北海道一周行も終わり、灼熱の赤塚郷に戻ったのですが〆として板橋区民にとって特別の場所についての紹介をしなくてはイケマせん。

その、特別な場所、ですが以前にも当ブログで、たしか「北海道の板橋区」というお題で紹介しましたが、札幌市白石区郊外(江別市に近い)に”板橋地区跡”と命名された史跡が残っています。
その前に、何度もふれてきましたが、ブログは訂正や加筆が容易なアイテムですが、書いた記事が新しい記事に埋もれてしまい、検索がしにくいという欠点もあります。よって昔に書いた記事にコメントをいただいても気がつきにくいということがあります。(一応、コメントが付くとメールで知らせてくれますがスルーされる時もある)
で、さいきん気がついたのですが、昔に書いた「北海道の板橋区」に対して、お叱りのコメントが付いておりました。要は、この事について調べて発表したのは自分(コメントをされた方)だけであり、承諾なしに引用することはまかりならない。という趣旨でした。それは気がつかず申し訳ないことをした‥のですが、もともとは約20年くらい前、電話回線に低価格のISDNターミナルアダプタが登場し、一つの回線で音声通話とインターネットが使え、料金も安くなったためネットサーフィンが楽になり、ネットを使って板橋区に関する事を調べ回っていた時代に、うろおぼえですが確か世田谷区役所のHPにリンクされていた、終戦間際に北海道に開拓民として渡った世田谷区民の記事に、他に板橋区などからも移民が行なわれ、それぞれの区民がまとまって開拓を始めた、という歴史を知ったのが最初だったかと思います。

という経過ですので、まあ、公に公開されている札幌市白石区掲載の記事のリンクをご覧下さい。(https://www.city.sapporo.jp/shiroishi/shokai/history/.../reki68_69.pdf)

”板橋地区”の存在を知って20年余り‥いつかはその場所を訪れてみたいと思っていましたが、今回ようやくその機会を得たのです。
白石区は札幌市の東にあり、面積34.58平方キロと我が板橋区とほぼ同じ(32.17平方キロ)面積の土地で、戊辰戦争で破れた仙台藩の白石城主・片倉小十郎の家臣が移住したことが始まりだそうです。
その白石区のどこに板橋地区があるのかまで知らなかったので、とりあえず大通公園の西外れにある札幌市資料館へ行くと「さあねえ」というお返事で、そういうことは公文書館へ、とたらい回しされそうになったけれど、「白石区ガイド」という冊子があると出してくれ、その地図を見ると、おお、”歴史しるべ”33番として板橋地区跡が登録されているではないか!
さてこんな僻地までどうやって公共交通機関(あとで説明しますが)で行けるのか、と思案しつつ地図をみると比較的近くの場所に「札幌白陵高校」を見つけました。高校があればバスが通っているだろうと見当をつけ札幌駅バスターミナルへ行くと、ありました、一時間に2本の頻度で運行されています。最寄りのバス停は札幌白陵高校の一つ手前で、そこから豊平川へ向い2キロ弱の地点でした。日差しが暑く、風の強いコンディションでしたが、えっさえっさと歩き通し、ようやく処理場の一画にある”板橋地区跡”に辿り着きました。

板橋地区跡は写真にあるとおりの場所で、豊平川の氾濫源であるのか、今でもあたりは清掃工場や広大な処理場があるばかり、住宅地や商業地は言うに及ばず農業なども不向きな土地であるかのような印象を受けました。歴しるべ看板の前の道路は大型ダンプが行き交う危険な道です。1996年に建てられた板橋地区を示す看板も風化が厳しく、朽ち果てる寸前といった趣でした。
現在ですらこんなに殺伐とした土地へ、入植を余儀なくされた板橋区民達の嘆きが今でも聞こえるような、そんな風景に、70年後の板橋人はただただ立ち尽くすのみでした。。

さて、なんで富良野から端折って札幌へ、ですが、ちょっと事故が起こり赤塚号はまだ北海道の滝川近くにおります。当日中に出発地点である小樽へ向かう途中のアクシデントで、私自身も全身が痛む中、ここは板橋区民ならばどうしても行っとかないとイケナイ、とガンバッて取材をしたワケでした‥Come Back 赤塚号!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »