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見えない板橋区。その2

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 相変わらず昼と夜の寒暖差が激しく、なんとなく体の調子が狂いますね。


見えない板橋区。‥ようするに地下の話です。
今回紹介しますのは、「鑿井(さくい)地層断面図」ってやつです。地層をボーリング調査した際に採集した実物土壌サンプル。

このサンプルは、1971年(昭和46年)に常盤台1-44で採集された。常盤台駅から中板橋駅へ向かう踏切を渡ってすぐの場所で、板橋区民もたまに行くラーメン屋の”騎士”がある所(正確には隣のビル)ですね。
もともとは「曙湯」というお風呂屋さんがあった場所で、おそらくは廃業(建替え?)した際に地層の調査を行なったのだろう。サンプルに添付されている書類によると、工事着手日は昭和46年6月21日、掘進開始は6月28日、終了は8月1日とある。
採取された土壌サンプルは地層の種類ごとにガラスの小瓶に分けられ、木のケースに収められている。全部で20本、地下170mまで掘り下げている。

では、地表から順に紹介していきますね。

0 〜 65センチ・・・赤土
65 〜 90センチ・・・砂利
65 〜 220センチ・・・砂
220 〜 230センチ・・・砂
230 〜 400センチ・・・砂
400 〜 560センチ・・・砂まじり粘土
560 〜 630センチ・・・砂利
630 〜 720センチ・・・荒砂
720 〜 885センチ・・・砂混り粘土
885 〜 990センチ・・・中砂
990 〜1100センチ・・・砂
1100 〜1290センチ・・・粘土
1290 〜1360センチ・・・中砂
1360 〜1485センチ・・・粘土混り砂
1485 〜1540センチ・・・荒砂
1540 〜1555センチ・・・砂
1555 〜1675センチ・・・荒砂
1675 〜1700センチ・・・粘土混り砂


さて、あっしは土壌に関してはさっぱりなトウシロだから専門的な解説は出来ないけど、砂が多いのは、近くを石神井川が流れているせいだとわかりますね。石神井川は数千年前にはすでに存在しており、自然の状態では常にコースを変えているので、この場所が川筋であった時代もあったのだろうし、もっと古い時代には海水がきていたこともあるだろう。

遺跡の発掘調査ではもっと詳しく調べ、火山灰の堆積状態までわかるから(富士山噴火とか浅間山噴火とか)もう少し時代がわかってくる。
今の若者は知らないだろうけど、板橋区は武蔵野台地の縁にあるので荒川に面した崖では地層が観察出来、とくに三園にあった崖は「成増露頭」と呼ばれ教科書にも載り、社会科見学の場所になったり、全国から見学者が訪れる名所だった。現在は残念ながら開発のためマンションが立ち並び観察は不可能になってしまいましたね。(たまに工事とかしてると見ることができる)
ここだけではなく、大正時代の後半に徳丸通りが切り通しになったときも地層がむき出しになり、女学校時代の有徳高校生が見学している写真が残っている。昭和40年代に盛んに区画整理が行なわれていた時にも、いたるところで地層を観察することができたんですよ。


‥それにしても、地表から170メートル下は何年くらい前なのかなあ。。区内では1500メートル堀ると温泉が出るようですが(湯温39度前後)、板橋スパディオの露天にある解説版には温泉のある地点は北京原人がいた時代と書いてありますね。更新世という地質時代の区分で、約258万年前から約1万年前までの間をさすようだけど、これじゃあまり幅が大きくてわかりませんね。。


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