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2013年11月

板橋区民、心配をする。〜区民の選んだグルメ店〜

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 迂闊だった。

板橋区民は、たまに成増南口のスキップ村を歩くことがある。今や飲食の路面店は全国チェーン店に席巻され、ジモピーの店を探すのに苦労してしまうほどだ。ただし、チェーン店でもモスバーガは別である。有名な話だけど、このスキップ村にあるモスバーガーは、全国第一号店なのだ。1970年代の創業だから、老舗と言っていい。

このモスバーガーのある坂を下ったドン突きに、タバコの自動販売機に囲まれた、ちょっと一見さんが近寄りにくいカフェがある。カフェの店名は「不二越」。名前の由来は不明だけど、お店自体はよくマスコミに取り上げられ、ブログのネタにもされたりしている。最近も、テレビ番組で漫画家の蛭子能収さんが紹介しているのを見たことがある。(蛭子さんは若い頃、2ヶ月成増に住んでいたことがあるらしい)

で、この「不二越」さんが何故マスコミの取材を受けるのかというと、何と創業が1914年!同地で約100年も営業している店だからである。
前回、グルメとはなんぞや‥と問いかけてやめたけど、あちきの基準では、長く続いている店。がその条件の一つとなる。いくら人気があっても、すぐに無くなってしまう店はあまり興味がないのだ。

ところで、実は板橋区民はこの店に入ったことないんです。。店の外観でお分かりと思うが、愛煙家のたまり場みたいな所に見えるんですよ。タバコを否定することはないけど、飲食の店で自分の近くに紫煙が漂うのはニガテなもんで、訪れるのに躊躇してたんですね。何十年もそこにある店だし、いつでも行けるわとの慢心もあった。店内のメニューには人気のオリジナル食(成増大根カリーとか成増キーマカレーなど)もあり、一度は食べなきゃなあと思っていたのだ。

しかし、今月に入ってから店先に張り紙がされ、そこには「本日は休みです」と書かれている。11月も一週間になるのに未だ営業を再開する気配がない。
ネットで情報を収集すると、”閉店した、”なんて書いてあったりする。そこで真相を探るべく、カフェ併設のタバコ屋さんの店番の方に聞いて見た。すると、「店はお休み中です。」の一言でニベもない。店は再開するのか?それとも別の店舗が入るのか?と聞いても、「知りません。」の一点張りで取りつく島もなかった。

真相はどうなんだ‥

店が再開するのか是非知りたいところだけど、現状ではどうしょうもないですね。。
そうそう、閉店とか言うけど、併設のタバコ屋は営業をしている。もともと、創業当時はタバコ屋として始まったそうで、カフェを始めたのは昭和に入ってかららしい。看板には「成増で一番最初の喫茶店」とあるので、戦前からあったのだろう。知らない人は多いだろうけど、今の成増駅南口が出来たのは1964年の東京オリンピックの年で、それまではこの「不二越」の先、現在駐車場になっているけど、なんとなく不自然な感じがする場所、そこに駅舎があり改札口があった。創業1914年ならば、まさに東上線の開業に合わせて開店した老舗中の老舗の店なんですね。


今は、99年間営業していれば、当然100年も営業しているだろうと勝手に思い込んでいた自分を責めるしかない。(くどいですがタバコ屋は営業してます。
かつて川越街道沿いにあった米軍御用達のお土産店「Fuji」の建物がある日突然無くなってしまったように、今後もこのようなことがあると、肝に命じておかねばならないなあ。。

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☆板橋区民、ケネディと遭う。

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 あるテレビの天気番組で、今年は秋がなかった。と解説していた。10月に記録的な猛暑日があったり、いきなり寒くなったりしたのが根拠だと言う。紅葉もいまいちキレイではないらしいが、先日久しぶりに入浴した”前野原温泉”の日本庭園は、結構紅葉してましたね。


そんな秋晴れの本日午後、新しくアメリカ大使として赴任した、キャロライン・ケネディ女史が皇居に赴き、天皇陛下にオバマ大統領からの信任状を渡す、「信任状捧呈式」が行なわれた。
キャロライン女史は、いわずと知れた故ケネディ元米大統領の長女で、女性の駐日アメリカ大使は今回が初めてなのだそうだ。この儀式をもって大使としての仕事が始まるという。

以前から、この儀式で行なわれる、皇居宮殿へ向かう際に新任大使を乗せた儀装馬車が走る様子を生で見たかったので、これはよいチャンスとばかり、望遠ズームを付けたカメラを持って皇居へ出かけた。皇居に行くのは、サーヤ姫が結婚前に皇族として最後の一般参賀にお出ましになった時以来だったかな。

午後2時過ぎ、有楽町線桜田門駅から皇居前広場へ。

しかし。・・・しまった。・・・迂闊だった。。

こういう被写体を撮る場合、撮影ポジションの確保が第一だ。皇居前は広いし、一時間も前に着けばオッケーさ。なんて思っていたが、沿道はすでに人。人。人。で埋め尽くされていた。数千人の人が押し寄せ、まるで新年の一般参賀の時のようだ。

がーん。なんてショック受けてる場合ではない。さてどうすんべか‥。取りあえず、二重橋に近い場所で背の低いご老人達の後ろのポジションはないかと探したが、列も3重くらいになっていて、もはやそんな良ポジションも見当たらない。

しかたなく多少はましな場所に陣取ったが、カメラを両手で掲げてノーフレーミングで撮るしかない。カメラを馬場先門方向にむけると、背の高い外人さんがでかいipadを掲げて撮影するようで、全然、見通せないじゃあないか!ちっ、と思ったがもう回りを囲まれ、移動する気も失せたので、正面を通るワンチャンスにかけることにした。

予定通り午後3時過ぎ、パトカーを先導に儀装馬車列が皇居前広場に入ってきた。皆一斉にカメラを持った手を上に掲げる。ぜんぜん見えねえええ、と思う間もなくカメラ方向を定め連続シャッターを切る。その成果が上のカットである。どうっすかね?(もちろんトリミングしてますよん。)キャロライン女史の乗った馬車には他に女性(警護及び通訳か?)が一人同乗しているけど、拡大してもどちらかイマイチわからんですね。恐らく同乗の方は、キャロライン女史が外を見る邪魔にならないようにしていると思うので、見えてる方が女史なのではと思います。

テレビによると、移民国で王室のない米国におけるケネディ家とは、大統領を輩出したただの金持ちではなく、セレブ中のセレブな一族で、もはや王室の代わり?なのだそうだ。(本当かいな?)

王室と言えば、昔、板橋区民は英国王妃の故・ダイアナ妃を拝謁したことがある。銀座の歌舞伎座の前を通りかかると、人だかりが出来ていたので一緒に待っていると、入口正面に大きな車が着き、後の座席から長〜〜い足が出てきてダイアナ妃が降り立ったのだ。ほんとキラキラした美しいお方でしたね。あの座席から外に伸びたスラリとしたおみ足は、今でも鮮明に記憶に残っている。
当時はカメラ付き携帯とかスマホなんて便利なものはなく、また今程カメラを持ち歩かなかったので、じっくりとお姿を目に焼き付けることができたんだなあ‥と思う。

目の前を通り過ぎた3台の儀装馬車は、二重橋を渡り宮殿へ向かう。人ごみをかき分け二重橋方向へ移動すると、日本国旗や米国国旗を振っている一団がいた。もちろんキャロライン女史を歓迎していることはわかりますが、二重橋へ向かって振られる星条旗を見ると、なんだか複雑な思いがしますね。。

と、昨日書きましたが、明け方に目が覚め、つらつらと”星条旗の違和感”について考えていると、ああそうか、と気がつきました。
それは、儀装馬車列が通る前、右折地点である馬場先門方向を今か今かと見ていたんです。その交差点には古いが威厳のあるビルが建ってますね。明治生命館、そう、終戦後に連合国軍司令部が置かれた、第一生命ビルなんですよ。(一番左の写真のまん中に写る小さな白っぽいビル)
あのビルは戦時中、鬼畜米英精神で戦った日本人が、マッカーサーにより統治されるや手のひらを返したように、米国旗を手にマッカーサー様バンザーイ!と集まった場所でもあるんです。折しも先週の日曜日、北区の赤羽、JR線鉄橋のある新河岸川土手で、アメリカのB29爆撃機が投下した1トン爆弾の不発弾処理が行なわれたニュースがありました。おそらく、投下されたのは終戦まで1週間もない昭和20年8月10日で、その空襲では多くの板橋区民も亡くなっている。

マッカーサー様バンザーイと手を振る日本人もいるけど、当時の多くの日本人はその姿を白けた目で見てたような気がします。そんな感覚が二重橋を通る儀装馬車列をみて沸き上がったんですかね。ワタシは当時の人ではありませんが。馬車に乗るキャロライン女史にしても、父親であるジョン.F.ケネディ大統領は、大戦中、魚雷艇PT109に艇長として乗り込んでいた1943年8月1日、ソロモン諸島のニュージョージア島の西で日本海軍艦隊の輸送業務を妨害すべく他の13艘と出撃したが、8月2日午前2時半、PT109は日本海軍の駆逐艦天霧に不意に遭遇し衝突し、小さな魚雷艇の船体は引き裂かれ乗組員は海に投げ出され、ケネディは負傷した仲間を命綱で結びつけて6キロ泳ぎ、なんとか小さな島にたどり着いた。という経験をしている。
キャロライン女史もまた、過去に新婚旅行で日本を訪れたことはあるにせよ、今回はアメリカの代表として日本に赴任するわけで、父親の歴史を思い出しながら、手を振る歓迎の人波を見ていたのではないのか‥という妄想を浮かべつつ、二度寝に入った板橋区民でした。。


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