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☆2013年・お盆休みも後半だし、お宝でも公開するか☆

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 昨日は終戦記念日(天皇陛下がポツダム宣言を受け入れると日本国民に向けラジオで玉音放送した日)でしたね。終戦60年の頃までは靖国神社へ行きましたが、ただ騒ぎに便乗したいような野次馬や警備の機動隊の物々しさに辟易し、近年は光が丘の「平和の碑」に参るだけになりました。何度も書いてるけど、あの碑文はどうにかならないのかなあ。成増陸軍飛行場は帝都防衛のほか、戦争後半には沖縄や、本土を狙う米機動部隊から守るために特攻作戦を行なった「振武隊」の編成や訓練基地として利用されたんだけど、そういう記述は一切無い。
ま、隣に光が丘図書館があり、地元の歴史コーナーにいろいろ資料本がありますので、立ち寄って調べて見て下さい。


さて、今回は私のコレクションの中でもスペシャルなモノを紹介しちゃいますね。なんでしょうか、ワクワク。

さあ全国、1500万ケーシー線ファンのみなさん!おまたせしました。これが正真正銘のケーシー線のレールです!!

なぜお前がそんなもん持ってるんだ?と突っ込みをいれられちゃいそうですが、東上線収集家としてごく一部で有名な私の元には、お宝自体が向こうからやってくる‥なんてことはないんですが、まあ、譲っていただいた方との約束もあり、公開は時が経ってからということで、何年も収蔵庫に眠らせておいたのですよ。

レールはほぼ正方形で、縦横約10.9cm、懇意の鉄道博物館学芸員、佐藤先生に鑑定していただいた所、明治時代によく使われた30㎏レール(1メートルで30㎏の重量)規格のものであるとのことで、昭和時代は貨物線区や側線・支線に使われていたそうです。

ケーシー線は、戦時中、上板橋駅から陸軍第一造兵廠倉庫(現・練馬自衛隊)まで、物資の輸送用に敷設されていた貨物線で、戦後は成増飛行場跡に出来た米軍住宅・グラントハイツまで伸長され、建設資材の運送や、初期のほんの短い間、人員輸送用のガソリンカーが池袋駅との間を走っていました。そのガソリンカーと同型の仲間であるキハ41000形の車両が、大宮の鉄道博物館に実車展示されている(掲示写真)。
ケーシー線は啓志線とも表記されるけど、東武鉄道内ではG.H.線と表記されている。ケーシーの名は、側線伸長工事責任者であった、ヒュウ・ケーシー中尉の名前を冠したそうだ。都内にある廃線としては有名だけれど、現在はその痕跡を辿るのは困難だ。

話は変わるけど、来年(2014年)、我らが東上線が開業100周年を向かえるのは、当然ですがご存知ですよね?そろそろ記念本などが出版され始め、板橋イオンの本屋のレジ横に積んであったりします。
もちろん、私も買っちゃいましたよ。彩流社刊「東武東上線 街と駅の1世紀」。サイズはA4版より少し小さめで、なかなか上質の紙を使ってます。だいたい一駅見開き2ページで紹介し、エピソードの多い駅にはもっとページを割いています。使われている古い時代の写真(昭和40年代が多い)は、鉄道誌ではよく見かける鉄道写真家の写真かな、でも初めて見るものが多かったですね。駅舎とかちゃんと撮影しているのが良いですね。板橋区内で言えば、板橋区公文書館所蔵の、昔の板橋区史で使った昭和30年代に低い位置から空撮した駅を中心とした風景写真がふんだんに使われてます。紙数の関係でしょうがないのでしょうが、資料(切符とかチラシとか旅行案内等)の紹介が一切無いのが惜しいですね。内容では、ケーシー線の紹介が相変わらず「グラントハイツ建設責任者のケーシー中尉の名前から採った。」と記述されていたり、残念な部分があります。これは東武鉄道の社史に記載されているのでつい引用しちゃうのですが、中尉クラス(年齢25歳前後)の若い士官が基地全体の建設責任をまかされるのは疑問で、せいぜい現場監督くらいでしょう。

これからも来年にかけて、いろいろ東上線特集本が刊行されるでしょうが、今月21日には老舗鉄道雑誌「鉄道ピクトリアル」が”東上線特集号”を出しますね。今までは東武鉄道特集号ばかりでしたから、こちらも期待大です。
博物館での特集展示も期待したいところですが、東武鉄道博物館は別として、東上線沿線の博物館や資料館が東上線の展示を行う情報は、まだ聞こえてきません。板橋では行なう予定はないし、豊島の資料館は新館移行で閉館しているだろうし、ま、期待は以前、東上線の展示をしたことがある朝霞市立博物館かなあ。。上福岡の資料館も元東武鉄道博物館館長・花上さんの講演会をしてたし。川越は‥やらないだろうなあ。それ以西にもどこかあったかな。。

こういう周年の機会でもないと、なかなか展示会は行なわれないし、そういう時に、地元に眠る貴重な資料が掘り起こされる可能性が出てくるんですけどね。なにせ開業時の池袋駅の写真すら発見されてないし、下板橋駅や成増駅の開業写真も見たことないし。開業時の終点、田面沢駅なんて写真はおろか、場所すら完全特定されてないんすよねえ。

それと、東上線の資料は、昭和20年4月の空襲で池袋の東上業務部が焼失し、その多くが失われたと言われてますが、以外と市井の東上線マニアが所蔵している貴重な資料が、いろいろ残ってるんじゃないですかね。この機会に、秘蔵の資料がいずこかで公開されればありがたいのですが。それらが集まれば、たいした見ものとなるんじゃないかなあ。そうなれば私も協力は惜しみませんけどね。


来年はとりあえず過去に公開したものも含め、このブログ上で東上線特集記事でもまとめてUPしますかね。


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