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2013年6月

「笑っていいとも」を見て、2003年の交通安全パレードを思い出してみる。

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 何事もなかったように、再開します。やっと梅雨っぽくなってきましたね。


今日の昼、なんとなくつけていたテレビ、「笑っていいとも」のテレフォンコーナーのゲストに、タレントの森泉さんが出ていた。タモリさんとの会話の中で、最近、お父さんが参加した、出雲神社の流鏑馬を見に行った、という話題で盛り上がり、タモリさんは、「ええ!お父さんそんなことやってんの!?あれ選ばれるの大変なんじゃないの!?」と驚いていた。

‥ん?‥咄嗟に、板橋区民は思い出した。そういえば、10年くらい前、会ったことあるよなあ‥。あの人、確かデザイナーの森英恵さんの息子と言ってたっけ。

で、画像を保管しているHDDを漁って見ると、ありましたよ、2003年9月に高島平警察署が徳丸地区(赤一中〜旧サティの間)で行なった交通安全パレードの写真が。森さんは、一枚目の写真、前から二人目の大柄な人だったかな?豪華な衣装はもちろん自前で、腰に鹿の毛皮を捲いている。当時の板橋区長の石塚さんも、森さんから借りた衣装を着ている。さすが世界的デザイナーの息子さん、金持ちだな〜と思ったもんです。

そうそう、確か、我が板橋区が誇る「西洋流火術鉄砲隊保存会」がこの年に結成され、衣装が揃い始めた頃だったかな。まだ指導を担当されていた森重流の砲術指導の先生の傘下にいて、西洋流でござい、とデビューする前の頃だった。隊員はほとんど森繁流のお弟子さんで、あとは板橋区民のボランティア。森さんの団体は、砲術の先生からの紹介で、高島平警察署のパレードに協力したんだっけ。あの日はまだ9月の頭で、ものすご〜く暑かったなあ。

あらためて森さんの団体を調べてみると、一般社団法人武道振興会「倭式騎馬會」というのを主催されているようですね。活動定義は「当会は馬を使って武道修練を目指していて、その成果を流鏑馬や馬上武芸を通して定期的に発表しています。」とあります。馬を使うのはとてもお金がかかるので、たいしたもんですね〜。こんな道楽な方がいなければ、伝統は続かないのも事実です。森英恵さんが島根県出身で、その関係で、出雲神社の祭事に参加されたのでしょうかね。


話は変わりますが、6月9日放映の「八重の桜」、ついに会津攻めが始まりましたね。白河城の攻防戦シーンで、官軍がモルチール砲(臼砲;迫撃砲の先祖みたいな砲)を撃ってました。これは、すごい画期的なことです。今までの幕末ドラマや映画では、ここらへんの考証は省いて、アームストロング砲(に似せた物)をガンガン打ち込んで終わり。というのがパターンですが、ちゃ〜んとドラマ内でモルチール砲を撃ってましたね。このモルチール砲、板橋区立郷土資料館の玄関内にあるやつをモデルにして作ったんですよ。私も実際に撃っている所(演技ですが)を見たのは初めてで、勉強になりました。

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成増陸軍飛行場秘話9 〜昭和20年6月21日の悲劇〜

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 台風4号は消滅しましたが、前線が残り天気が悪いですね。水不足地域が潤えば良いのですが。

さて、久々に成増陸軍飛行場秘話でも書きましょうかね。68年前の今日、ちょうどこの記事を書いている時間に、成増飛行場を根拠飛行場としている、陸軍防空飛行47戦隊に起った悲劇的出来事についてです。


昭和20年4月下旬、それまで沖縄作戦の陸軍特攻機直掩任務を遂行していた第百飛行団が、度重なる激烈な任務によりほぼ壊滅し、その後任として飛行47戦隊が、九州・都城西飛行場に赴任しました。敵空襲の合間を縫って、訓練や飛行場上空直掩の任務についていましたが、この頃は梅雨の時期で天候が悪く、長距離の沖縄特攻隊機掩護をほとんど行っていませんでした。

6月21日、都城東飛行場から出撃する、第26振武隊の4式戦4機 (出撃は7機、うち3機は事故不時着)の掩護任務の命令が下りました。夕刻、47戦隊の第一中隊が都城西飛行場を出発、第二中隊が上空を直掩した。16時30分に出撃した26振武隊と合流し、途中敵機との遭遇もなく、予定通り徳之島西方約65キロの地点で特攻機を見送り、第一中隊は基地への帰途についたのです。
 
しかし、悲劇は突然起りました。帰途に就いた第一中隊は、奄美大島西方約20キロの地点で、突然上空からグラマンの奇襲を受け、中原逸郎大尉(航士56期)、河井吉夫少尉(特操1期)、山崎昌三軍曹(少飛12期)の3機が瞬く間に撃墜されてしまったのです。この任務についていた野田少尉から、当時の状況をお聞きしたことがあります。

「任務が終わって、やれやれ飯でも喰うかと操縦席に置いていた弁当に手を伸ばしたとき、目の上でキラッと光ったのが見えたんです。あっと思って下を見ると、もう3機が落ちて行く所だったんです。自分も敵機に後ろをつかれ、必死で回避しましたよ。もうね、青い煙を曳きながらロケット弾が飛んでくる。敵機を見極めようとしきりに後ろを振り返るでしょ、そうすると垂直尾翼を動かす方向舵のフットバーから足がちょっと離れる。そうすると機体が横に滑るんですよ。それで助かった。あわてて雲の中に入り、ようやく基地に帰り着いたというわけですね。他の機も同じような状況でした。」


さて、犠牲を出しながら47戦隊が掩護した第26振武隊はその後どうなったのでしょうか‥。

日本軍は、沖縄特攻隊の戦果については、特攻機から発信される、か細い無線信号で受信するのみでしたから、突入はわかっても戦果までわかりません。米軍調査結果によると、この日、該当する米海軍被害は以下の通り。

1842:水上機母艦カーティスに命中、同艦炎上大破、62名死傷
1842:水上機母艦ケネス・ワインディング小破
1843:護衛駆逐艦ハロラン小破
1845:中型揚陸艦59号小破、および同艦が曳航中の駆逐艦バリ沈没 (過去の特攻攻撃により大破していた)

なんと4機で米軍5隻に損害を与える大戦果を上げていたのです。もうこの頃は、沖縄が陥落する数日前で(6月23日・日本軍の組織的戦闘が終わったと判断された日)、米軍は、日本軍特攻機に備え、多数のピケット艦(レーダーを備えた艦)を配備し、ほぼ完璧な防御態勢を敷いていたので、相当な衝撃を与えた出来事でした。

この戦果に注目し、第26振武隊の戦術を研究していた自衛隊学校の先生が、私に会いにきたことがあります。都城東飛行場を出発してから、掩護機なしで特攻したと思っていたそうで、野田少尉を紹介し、後日、訪ねられたそうです。自衛隊学校の先生は、大破した水上母艦カーチスの元乗組員に取材したりと、かなり詳細に研究されてましたね。

成増飛行場で訓練した、優秀な空中勤務者を3名も失った47戦隊でしたが、7月に山口県の小月基地へ移動。ここで、さらに大きな悲劇に遭遇します。その話はまたいつの日か。


掲示の写真は、第26振武隊結成当時の写真、都城陸軍墓地に建つ記念碑(戦死した47戦隊員の名前)、戦死した河井吉夫少尉の遺書、話を伺った野田少尉、です。

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板橋区民、2013新たなる旅立。

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 東京は、梅雨空ですね。

‥ということで、板橋区民は今、羽田空港にいるわけです。和光市駅からの空港バスがだいぶ早く着いたので、4Fのラウンジで、ブログをしたためているのですよ。(空港バスも赤塚を掠るんだからそこから乗らしてくれてもいいのにさ‥)

昨年のちょうど今頃は、父島へ行きましたっけ。あれから一年、はやいもんです。今回は久しぶりに飛行機でいずこかへ向かうのですよ。どこへ向かったのかはまたUPしますね。

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板橋区民、遥かなる八重山諸島を巡る。〜石垣島編〜

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 東京は天気良くってうらやましいっす。

ということで、雨の羽田空港を出発した板橋区民は、遥か南西の八重山諸島への旅路についた訳なのです。
あ、いまオリオンビールと泡盛でグラグラ状態でブログをしたためておりますので、文章が変なのはご容赦を。

この八重山諸島は、今日もニュースでやってましたが尖閣諸島の近くにあります。東京から2200キロ余り、沖縄本島より台湾に近いです。ハブ島(蛇のハブじゃないですよ。本拠地の意味)は石垣島ですね。

昨日は石垣島に着いてから離島ターミナルで情報収集して、地元のディープな居酒屋へGo。みんなで飲めや歌えや踊れやの強烈な洗礼をうけ、ビビリながらも第一日目を過ごしました。沖縄地方はこれがデフォなんですね。
そんで今日はですね、レンタカーを借りて島を一周しました。天気はイマイチですが、道は気持ちいいですね。鳥やチョウチョもたくさん、蝉しぐれも強烈です。そうそう、石垣島は初めての地ですが、市街地は思ったより都会に感じました。あと、物価が安いかな。自販機なんか観光スポットでも110円でした。輸送コスト考えても東京より安い。八重山ソーキソバもうまかったっす。果物もうまいっすね。

観光客としては天気が命、なんですけど、梅雨が終わった直後の数週間が天候も安定してるということでこの時期を選びましたが、前線が停滞中でいまいちスカッと晴れてくれず、海もどんより気味、おまけに先週の台風の影響で波も高く海中も安定しておらず、シュノーケリングもイマイチな感じです。


石垣島はもんのすごく蒸し暑いです。汗が諾々諾々諾々‥曇りなのに日焼けビンビン、ですよ。さすが南国。明日からはまたいろいろなアクティビティに挑戦しますね。それでは、ハイサイ!


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板橋区民、遥かなる八重山諸島を巡る。〜竹富島編〜

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 東京は涼しいとか。八重山諸島は蒸し暑いです。


うむ。連夜の泡盛攻めで気持ちいいっす。

今日は竹富島でのんびりしました。朝から天気がよく、海はどこまでもコバルトブルーでした。酔っぱらった勢いで、遠浅の珊瑚の砂上で太陽を浴びる板橋区民の姿を初公開しちゃいます。(まるで黒いヒトデのようですが‥)

竹富島は石垣島から船で約15分。すごく近いけど、風景はまったく変わります。八重山諸島にキターって感じです。水牛車はのんびりゆったり楽しい乗り物でした。板橋の古老の話で、巣鴨などの市場に野菜を運ぶのに牛車を使ったとありますが、ほんと力持ち。牛は頭が良く、帰りは荷車に乗って寝ていてもちゃんと家まで連れて帰ってくれると伝わってますが、この竹富島の水牛車も、観光ポイントをちゃんと把握していて、そこにつくときちんと止まります。

父島の白砂浜にも感動しましたが、竹富島は遠浅の珊瑚の砂浜が続き、まるで天国のようでした。板橋区民は最近温泉に嵌っていて、生暖かい海はまるで温泉のようで、本当に、本当に癒されました。やはり無理してでも行くもんですよ。

明日はどこへ行くのか‥

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板橋区民、遥かなる八重山諸島を巡る。〜黒島編〜

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 板橋区は変わりありませんか?

いまオリオンビールで腹一杯っす。

今日は、石垣島から船で30分の黒島を探訪しました。天気はほぼピーカンでしたが風で波が高く、全島遊泳禁止でシュノーケリングは出来ませんでした。と言っても昼の時間帯が満潮で、結局シュノーケリングはできなかったかもですが。海は相変わらずのコバルトマリンブルー。

しっかし暑い。自転車借りて廻りましたが炎天下でばてちゃいました。黒島は石垣牛の故郷で、牛の数が島民よりもはるかに多いのだとか。それと、石垣牛は松坂牛とかの黒毛和牛のルーツだそうで、今日の夜ごはんは石垣牛の焼き肉を食べましたが、確かにうまかったですよ。

そうそう、昼ご飯はヤシガニそば食べましたよ。スープがまろやかでとてもうまかったっす。代金1500円也。高いけど名物なのか注文がひっきりなしでした。
黒島は、竹富島とは違い生活者の島といった感じかな。そうそう、島には学校があるけど、小中学校の生徒数より教師の数のほうが多いのに驚きました。


‥さて明日はどこへ行こうかな。

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板橋区民、遥かなる八重山諸島を巡る。〜小浜島編〜

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 今日も暑い。太陽不足の板橋区に分けてあげたいくらいです。

いま小浜島(おばまじゃないですよ、こはまです。)から帰還しました。したがってまだ酔っぱらってません。
小浜島は石垣島から約30分、西表島に近い島です。この島は昨日の黒島と違い、わりとアップダウンのある島なので、レンタカーを借りました。最初、電動自転車にしようかと思いましたが、レンタル屋さんが、一日は電池が持たないのでやめといた方が良いと教えてくれ、少し安く車を貸してくれました。ありがとう、小浜島総合案内所さん。(安くしてくれたからブログで宣伝すると約束したので書きます。)場所は船着き場のそばです。二階は「BOB's CAFE」という食事所で、お昼ご飯もそこでいただきました。タコライス、おいしゅうございました。(蛸じゃなくメキシカンのタコスね)近海マグロ丼もおいしそうでした。

しかし、車を借りて良かった。。もうすんごく暑くて自転車なんか乗ってられませんよ、の世界で、冷房のギンギンに効く車はホント助かりました。実は昨日、すこし熱にやられてしまい、ふらふらしちゃいましたからね。

で、肝心の島の様子ですが‥黒島よりは大きくて人口も多そうですが、まあ‥のんびりした所です。海は砂が黄色っぽいので、竹富島に比べるとちょっとにごった感じですか‥他に見所は‥写真が一枚しかないことでお察し下さい。。あ、でも空はスカイブルーで奇麗だし、これは全般に感じるのですが、人が優しいですね。だから嵌る人が多い、というのは感じました。


明日は石垣島から拠点を移動します。さて、板橋区民はどこへ向かうのか‥。

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板橋区民、白虎隊の最後を見届ける。

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 今日は豪華二本立てでお送りします。

‥ちなみにあれからオリオンビールと泡盛で酔っぱらってマス‥


ええっと、今日の大河ドラマ「八重の桜」は、いよいよ会津戦争の佳境に入りましたね。題名が「八重、決戦のとき」。以前のタイトル違ってましたね、たしか。ここ石垣島でもリアルタイムで放映しておりますよ。

そう、なんで久々に八重の桜を取り上げるのかというとですね、実は板橋区民は今回の白虎隊飯盛山自決シーンを、NHKスタジオ見学でライブで見てたんですよ。まっ、なぜ板橋区民ごときが見学できたのかは特殊な交渉術で(by TSH)と言うことで。
実は、覚えてる人がいるかもしれませんが、その日から3日間、このブログで見学記をUPしてたんですが、某局から、ネタばらしするんじゃねえと遠回しに連絡が来て、削除してたのでした。

今回の白虎隊シーン収録は4月3日だったか4日だったか‥10日だったかな。ま、その頃の撮影でした。午後4時、いよいよ見学開始。厳重なゲートを通り、いざ収録スタジオへ。途中でデーモン小暮閣下とすれ違いました。閣下は顔はでかいですが、痩せていて小柄な感じでした。

大河のスタジオと、今、大ブレーク中の朝ドラ”あまちゃん”はスタジオが隣同士なので、関所というか入り口は一緒です。あまちゃんの中で、この関所近辺はドラマで使われてましたね。残念ながらこの日は”あまちゃん”スタジオ収録は休みでした。ちょうど今週放映のシーンあたりを撮影してたと思います。

さて関所を通ると前室です。出番を待つ役者さん達はここで待ちます。ちょうど、白虎隊の面々がトンネルを逃げるシーンが終わった時で、泥だらけの白虎隊士がブルーシートを引いたベンチに座ってました。上の写真がその時のものです。この後が自決シーンの撮影です。休んでる隊員の役者さんに声をかけると、ほとんどが20歳以上の役者さんなのだとか。
女性の演出家が、隊員に声をかけます。「自決の手順は頭に入ってますかぁ?わからないならここでもう一度練習しまぁす。収録ではそれぞれのタイミングで自決するんですよぉ〜」と言って自決のおさらいをしてました。今日の本編では日新館で習った通り自決すべ。とか言ってましたけどね。

本番は5時から開始。足を引きずりながら飯盛山山頂にたどり着いたシーンです。雨演出家が二カ所から驟雨を降らせます。おかげでスタジオ内はすんごく蒸し熱い。最初の台詞は王道の、「見ろ、お城が燃えてる!」でした。その次に「いや、よく見ろ、お城じゃねえ。城下が燃えてるんだ」とセリフが入ります。
放映ではCGで城下の燃えてるシーンが映ってましたが、収録では、脚立に汚いピンクの毛布をかけた物をお城に見立てて(!)隊員の目線を決めてました。実は、そのとき板橋区民はその脚立の横にいたんですね。だから、お城が燃えてる!のシーン、実は、白虎隊士は板橋区民を見ながら叫んでるんですよ。いや〜衝撃の事実ですね。

放映では驟雨の音と効果音が被さってましたが、収録では役者のセリフのみで、自決シーンの叫び声はすごい迫力でした。さすが役者さんです。角度替えやアップのシーンで、数回自決シーンを繰り返して収録してました。そのたんびに数人のメイクさんが飛び出してきて、役者さんのメイクを直したりあわただしかったです。自決シーンの収録は、約2時間で終了しました。


しかし、大河の収録現場は熱い(温度ではなく情熱が)ですね。ホント、スタッフと役者さんが一体となって撮影にいどんでます。板橋区民、感激!のひとときでした。


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