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2013年1月

2013年新春記念〜下練馬宿の名主家について〜

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 この週はじめ、東京はひさしぶりの大雪でした。我が古里、徳丸村は荒川に面した舌状台地にあるので坂が多く、雪の日は難儀しますね(特に車は)。子供の頃はスキー板持ち出して滑って遊んでたことを思い出します。この大雪の頃、私めは草津温泉で湯治しておりました。。

と言うことで、元気を取り戻した所で久しぶりに歴史物語でも書いてみますね。話は東武練馬一帯の土地を所有していた旧下練馬村の大地主でもあり、数百年に渡り名主家であった”大木家”についてです。

現在でも、北町を歩くと大木と名のつく商店や家がたくさん目につきますね。皆様おなじみ板橋イオンも、元は大木伸銅という工場のあった土地です。ただし、この工場は本家経営ではありません。ご本家の大木金兵衛家(当主は代々金兵衛を名乗る)は今でも北町に大きな土地と堂々たるお屋敷がありますね。この大木家の歴史は古く、江戸時代以前からこの地に住んでいるともいわれてます。
数百年も続く一族なので大木と名の付く家が多のですが、ただし、分家につぐ分家で、本家とは付き合いのある家も遠い家もあるそうです。逆に、違う名字の家でも、大木家に近い家もあるでしょう。

さて、その大木家の歴史ですが、昭和53年、第17代・大木金兵衛の名を継いだ方の襲名披露の際に、関係者に配られた挨拶状より抜粋して書いてみますね。

確かな記録によれば、徳川三代将軍家光公が若少の折、病療養のため武蔵野に転地したさい、大木本家邸宅の奥の間で二年半過ごした。その折に地味適すを以って大根栽培を命ぜられ、当主が尾張より種子を取り寄せて品種改良に専念し「練馬大根」を完成し、後、延宝5年、五代将軍・綱吉公の代に改めて「大木大根之守(おおねのかみ)」の称号を賜り、以来大東亜戦争前まで、毎年正月三日、沢庵の初荷を自家醸造醤油「寿」と共に屋号「◯に”金”」旗の牛車にて江戸城(宮中)に献上の栄を永続してきたそうです。
ここがそうであったのかわかりませんが、東武練馬駅南口すぐ近く(ドコモ裏あたり)の、今は空き地になっている一帯に、昭和30年代くらいまで醤油の醸造所がありました。

明暦三年正月の江戸大火の際、所有の土地に避難小屋を作り提供し、千人を越える避難民の救助に当り、永年に亘って、幕府大年寄・喜多村彦右衛門はじめ多数の幕閣から巻紙感謝状を受けている。その後も救助は、天和、元禄、正徳(二回)、明和、文化、文政、弘化、安政と十回に渡って続いたという。
生大根は、火災七つ道具の一つとされていて、その理由は、「水分多き大根、喉の乾きをみたし」「煙にむせぶ時も一片をしゃぶることで咳き込みを防ぎ」「火傷の時は噛み砕いて擦り付ければ、火脹れをのがれる」等の効用からといわれ、練馬大根が愛された理由の一つとも。

明治維新の折には、有栖川宮樽仁親王に引率された官軍第三連隊の宿舎として離れ屋敷を提供し、後に宮内庁より金屏風一対を賜ったそうです。(徳丸村の記録には、上野戦争で敗走した彰義隊が通過していったことが残ってます。飯能まで逃げて行ったんですかね。)
官軍が駐屯していた時の遺品の槍や刀が、屋敷の広間の格天井に網でぎっしりとくくりつけてあったと、第17代当主は記憶していたそうです。以前、本家筋に近い親族の方から、子供の頃(戦前)、年に一回、夥しい数の刀剣類や鎧兜などを庭で虫干ししていたのを憶えている、と聞いたことがあります。それらのお宝は、戦時中の金属供出ですべて持って行かれたそうです。
大木家は江戸時代から代々名主家であり、明治時代以降は群議会議員などを勤める土地の名士であったため、率先して供出しなくてはならなかったのでしょう。実に勿体ない話ですね。

他に、大木本家の邸内では日活映画「御維新」(鈴木伝明、栗島すみ子主演)の撮影も行われたそうです。先程の本家筋に近い方から「大河内伝次郎の映画を撮影したことがある」と聞いていましたが、記憶違いだったのでしょうか?
ちなみに映画「御維新」についてネットで調べてみましたが、わかりませんでした。

他にも、旧川越城主一族と協力して川越街道の貫通に尽力したり、東武練馬駅の設置や豊島病院、板橋養育院の設立、戦後は自衛隊設置受諾など近隣町村の発展に尽くしてきたこと、戦時中の昭和20年に北町が空襲を受けた時、地元の人々が身の危険を辞さず消化に駆けつけてくれた感謝の言葉などが、襲名披露状にしたためてありました。


 現在の大木本家が何代目でどんなことをされているのかは知りませんが、土地の名家と呼ばれる家を経営して行くことは、とても庶民には伺い知れない苦労と努力があるのだと思い知らされますね。。


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