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2012年4月

板橋区民、満開の桜の下で惑う。

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 大学の秋入学が話題になりますが、やはり桜咲く頃が新年度の始まりとしてはしっくりきますね‥

まだ桜の莟も硬い先月下旬のこと、”成増会”の高橋幹夫さんから写真を撮って欲しい、と頼まれた。高橋さんは飛行47戦隊・旭隊(第一中隊)の整備兵だった方だ。大東亜戦争開戦前から少年整備兵として中国大陸で奉職し、昭和19年に本土へ戻り、成増飛行場に着任した。階級は兵長だった。

せっかく写真をとるなら桜の花咲く頃にお宅近くの光が丘公園で、ということにして、同じく近くにお住まいの堀山隊長もお誘いし、先日、撮影を行った。ちょうど、4月から板橋区の郷土資料館に新任の学芸員が採用されたので良い機会と思い、立ち会いをお願いした。受験人数140名という超難関を突破して新学芸員となったのは、国学院大学出身、うりざね顔の平安調美才媛、S嬢だ。(公務員なので名前を明かしてもいいのだがまだ配慮しときます‥)若い方にとって祖父母が戦後生まれでも珍しくないこの時代、戦争中に兵士として戦った方に直に会って話を聞く機会はそうないことであろうし、学芸員として”本物に会っておく”ということは後々の財産になると考えたのだ。

陸軍航空士官学校出身で、旧帝国陸軍現役将校としては最年少であった堀山隊長でさえ、もうすぐ齢90歳となる。整備の高橋兵長も同年齢だ。私の父も叔母もすでに亡く、同じ歳の叔父は施設に入りもはや私を認識することも出来なくなっていることを思えば、お二方のようにこの御歳で不自由なく外出し(高橋さんは自転車で!光が丘公園まで来た)惚ける事も無く話が出来るのは、奇跡に近いことと思う。

もう満開の時期は過ぎてしまったが、適度に花びらが散り、とても美しい情景の中で撮影をすることができた。移動の途中、成増飛行場で働いていた高橋さんは、ここが富士隊(第二中隊)のピスト、あそこがさくら隊(第三中隊)のピスト、ここに医務室棟があった、半地下の作戦室はここ、と教えてくれ、今やなんの痕跡もない、70年近くも昔の飛行場の様子を、実に良く覚えておられる。普段、靖国神社昇殿参拝の折などにお会いする高橋さんは、他の方々に遠慮をしてあまりお話しにならないのだが、自分の孫よりも若く、しかも綺麗なお嬢さんと話すのが楽しいのか、いろんなはなしをしておられた。中でも、大陸にいたころ広東の飛行場で、大東亜戦争開戦へ向けビルマ方面へ向かう後の軍神、あの加藤建夫少佐率いる第64戦隊・加藤隼戦闘隊を見、憧れの加藤戦隊長機の隼を撫でたことなどを語っていた。(アレ、今までそんな話聞いた事ないですケド‥)

この様なことを書くのは忍びないけれど、もうお二方とお会い出来る時間もわずかしかない。また、新人の学芸員であるS嬢が、これから40年近くの学芸員生活を全うすることを鑑みれば、その間に私もこの世から去っているだろう。若い人というのは本当に希望なんだなあと、満開の桜の下でしみじみと思う板橋人であった。。


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