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2011年7月

〜☆板橋の七夕は、まこも馬に乗って☆〜

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 前回、私が尊敬する”板橋最後の農民”故・田上彦一さんのことに触れた。田上さんは農芸指導員を長く勤め、板橋に伝わる農村文化を伝承させて行く活動を熱心に続けておられた。その中の一つに「七夕のまこも馬作り」があった。活動の一端をちょっと長いけど、板橋区のH.P.の記事から引用させていただく。

昭和30年代まで板橋区内でも見ることができた“板橋の七夕様「まこも馬」”を子どもたちに作ってもらおうと6月29日、板橋区立紅梅小学校(板橋区徳丸八丁目10番1号)で「まこも馬づくり」が行われ、同校の5年生の児童約120人が参加した。
 このイベントを主催するのは、徳丸地区の16の町会・自治会やPTA、青少年委員など地域の人たちで構成する「板橋区青少年健全育成徳丸地区委員会」(安井一郎会長)。板橋の北部に位置する徳丸地区には3つの小学校(徳丸小・北野小・紅梅小)があり、毎年1校ずつを会場にしてこのイベントが開催されている。
 この日、講師を務めたのは、農芸指導員をはじめとする地元の10人の方々。今回の“馬”の材料となる「まこも」は、水辺に自生し、高さが1から2メートルのイネ科の多年草。板橋区の徳丸・赤塚地区から高島平に連なる一帯は、昔は“徳丸たんぼ”と呼ばれ、昭和40年ごろまで水田が存在し、用水路の周囲にまこもが自生していたという。ちなみに、この日に使った「まこも」は埼玉県から運んだもの。
 午前10時40分、同校体育館に集合した子どもたちは、はじめに「まこも馬」を七夕につくる理由やつくり方の説明を受けたあと、早速、まこも馬づくりに挑戦。子どもたちは、山盛りのまこもが積まれた3枚のブルーシートを囲むように座り、作業にとりかかった。この日作った馬の大きさは、背丈25センチメートル・横幅60センチメートル程度。作り方は、少し太めのまこもを約10センチメートルの長さに折って束ね、まず馬の顔をつくる。引き続き胴体やたてがみ、足もまこもを束ねてつくり、尾を付けて馬が完成する。
 子どもたちは、はじめのうちは慣れない手つきで悪戦苦闘していたが、農芸指導員さんらのアドバイス受けながら徐々に馬の形につくり上げ、汗びっしょりになりながら1時間半ほどで完成させた。子どもたちは友達同士出来栄えを見比べ「思ったより上手にできた」とか「いい香りがするね」などと様々な感想を話し、満足そうに笑顔を浮かべていた。
 
※ まこも馬 
一般的には「七夕馬」と呼ばれ、七夕行事に用いる「まこも」や「ちがや」などで作った馬。関東や東北地方、特に千葉県の房総一帯、利根川流域各地で作られた。これを、庭木2本の間に縄を張って、ナス・キュウリなどの夏野菜や、うどん・饅頭などと一緒に雌雄の馬を向かい合わせにして、つり下げたりして飾られる。赤塚地区では、昭和30年代ごろまで、8月6日(旧暦で行っていたようである)に2本の笹竹を立てて、その間に「まこも」で作った縄を張り、雄雌の馬を向かい合わせにつるして飾った。馬は8月7日の夕方に、屋根に投げ上げたり、屋敷神に供えたりする。馬や牛の安全祈願、豊作や子育て祈願であったという。【参考文献:「多摩民具辞典」(小川直行他)、「日本民具辞典」(日本民具学会)、「写真は語る 総集編」(板橋区教育委員会)】

 この記事は、区内の小学校での出張授業の様子を伝えるものだが、他に、郷土資料館でも七夕の時期に合わせて公募で集まった区民に「まこも馬」の作り方を教えている。その講習が、先日7月2日に行なわれ、その様子を撮ったのが上の写真である。ちなみに前を向いているのが雄で、頭を下げているのが雌の馬だ。


Photoで、ついでにもう一つ告知を。
郷土資料館では、板橋区の歴史を深く知るため、昨年度から地域シリーズの企画展を行なっている。前回の”志村”に続き今回は”上板橋”を取り上げる。
上板橋は、東上線の上板橋駅の位置のせいで、せまい地域と思われるけど、本来の”上板橋村”は常盤台や大谷口、向原の方までを含む広大な範囲なんですよ。

左のポスターの写真、今、あちこちの町内掲示板に掲出されてますが、あれ?どこかで見覚えが‥。その他、私が寄贈したり貸し出した資料がたくさん展示されているので、是非、足をお運び下さいませ。会期は7月16日から9月26日までです。

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板橋区でセシウム検出牛肉が販売された‥

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 それにしても暑いですね〜・・・とボ〜っとしていたらこんなニュースが‥以下引用

福島県南相馬市の農家が5~6月に出荷した牛6頭の肉から高濃度の放射性セシウムが
検出された問題で、東京都は13日、流通先の全容が判明したと発表した。
消費された牛肉は8都道府県で計約437キログラム。大阪府が検査中だった2頭の肉からは
最大で暫定規制値(1キログラムあたり500ベクレル)の8.7倍の1キログラムあたり
4350ベクレルのセシウムが検出され、全6頭の牛肉が規制値を上回った。

都によると、流通先は北海道、秋田、千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、大阪、兵庫、徳島、
高知、愛媛の12都道府県に上る。 問題発覚後、牛肉の返品も相次ぎ、店頭で販売されたり
飲食店で提供されるなどして 消費されたケースがあったのは秋田、千葉、兵庫、愛媛を除く
8都道府県。 消費された総量は437.65キログラムだった。

イオン傘下で総合スーパーを運営するイオンリテールは13日、イオン板橋店(東京・板橋)内
にある精肉店で、放射性セシウムが検出された個体の牛肉を販売していたと発表した。
同店内にある「タカギフーズ板橋店」で、6月18~19日に「国産黒毛和牛サーロインステーキ用」
「国産黒毛和牛リブロースステーキ用」として合計約130パックを販売。
購入した場合は返品を受け付け、返金する。

ソース:日経新聞
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E3E1E2E69B8DE3E1E2E5E0E2E3E39180EAE2E2E2?n_cid=DSANY001

 また徳丸か‥。先日のお茶と言い、我が故郷にとっては迷惑なニュースが続く。だいたい、あのお茶畑の件は、たまたまセシウムが茶葉に集まり易いという特質があったわけで、あの辺がホットスポットというわけでない。今回の”セシウム牛”販売も、たまたま該当の個体が板橋イオンで売られたわけだが、ますます徳丸のイメージが悪くなるようでいたたまれない気持ちになる。。そういえば、私は汚染牛の販売された6月18~19日にタカギフーズで国産黒毛和牛を購入したような記憶がある(ヒレ肉だけど)。まっ、いまさらしょうもないですけどね。しかし、こういう”後だしじゃんけん”みたいなことが続くのは腹が立つなあ。この怒りをどこにぶつければいいんじゃ〜

 と嘆いたところで、冒頭の写真は私が撮影(昭和55年ころ)した、徳丸橋を越えたあたりの荒川土手で草を食む牛さんの図である。当時はもう赤塚郷内で牛を飼っている農家はほとんどなかったと記憶している。でも、昭和40年代まではそんなにめずらしい風景じゃあなかった。田遊びで有名な徳丸北野神社の、今はマンショんが建っている場所も牧場があって、たくさんの牛がモ〜モ〜鳴いていた記憶がある。あそこら辺は格好の虫取りポイントでもあったなあ。。私は出くわした記憶はないけど、牛車で荷物を運んだりもしていた時代だったはずだ。そうそう、私が子供時代を過ごした昭和40年代は高島平団地造成が始まり、東洋屈指の巨大団地が完成した、そんな時期だった。自然はまだ豊富だったけど狭い道路には大型トラックが走り回り、自転車で赤羽のプラモデル屋まで行くのに命がけだった憶えがある。クラスに一人は車に轢かれたことがある奴がいて危険極まる状態だった。なんてことを暑さでボーッとする頭で思い出していたら、今も昔も危ないことはあったんだなあという結論に達した次第。

 

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