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NARAへの道。Vol-5

178_2G615_2199_2 ちょっと目を離した隙に、秋分の日になってしまいました。今日はNARAへの道を完結させます。

写真の検索については、Vol-4で触れましたね。保管してある写真は経年劣化が進み、印画紙がカールした状態の物も多く、複写は困難です。ガラスの加圧板を日本から持参しましたが、使用は認められませんでした。スキャナーが許可されるなら別にいいではないか?同じ事ではないか?と思いますが、ダメな物はダメなようですね。複写のライト光はオレンジ色が強いので、デジカメを使う方が良いでしょう。進駐軍のアルバムの様に、厚みがあってスキャン出来ない場合もあり、その時はカメラを使うしかありません。
 次は4階の動画・音源ルームですが、ここも基本的には写真と同じで、膨大なカードの中から目的の動画を探し出します。基本は35ミリのフィルムで、Motion pictureと呼び、ビデオ化された物もあります。機械には自分で装填しますが、不安な場合は係の方が教えてくれますのでご安心を。驚くことにダビングは自由(もちろん個人使用に限りますが)で、小型ビデオカメラを持参してビデオデッキに繋げればOKです。フイルムも、画面をビデオカメラやコンパクトデジカメの動画機能を使って撮影している人もいました。試しに終戦直後に東京で撮影されたフイルムを何本か借出して観ましたが、撮影場所が特定出来ないものがほとんどでしたね。(私の知識が足りないこともありますが)
 3階では空中写真の閲覧が出来ます。写真は、六つ切りくらいの大きさのネガのコマが連なったロール状になっており、専門の機械で閲覧します(一番右の写真)。空中写真を検索するには、まず、経度緯度別になっている、空中写真撮影経路図が写し込まれているリールフィルムで確認します。(真ん中の写真/経度・緯度別のリールが棚に納められている)これがなかなか難物で、マイクロ閲覧機に入れて目的場所がどこら辺なのかの検討をつけ、日付別になっている該当の写真が入っているであろう本リールの番号を探し出し、請求してから中一日後に閲覧が可能になる仕組みになっています。これは、ネガの保管場所が他にあるからで、係の人間が、朝10時に請求されたフィルムを持ってきた時に、次のフィルムの申請書を持ち帰るからです。パソコンかFAXでやり取りすれば早いんじゃないの?と思うのですが‥‥。空中写真ネガの閲覧機への装填は単純です。カメラにフィルムを入れる感じかな。複写のやり方だけど、デジカメでできます。あとで写真ソフトで画像を反転させればポジ画像になります。ただし、だいぶ手間をかけなければちゃんとした写真にはなりません。そこらへんのテクニックは自分で努力するしかないですね。注意する点は、複写するフィルムに天井の蛍光灯が映り込んでしまうことで、閲覧コーナーの部屋の電気は消す事はできません。昔の写真屋のように布で覆えばいいのですが、中で何をしているかが見張りのアーキュビストには見えなくなるので、許可されません。閲覧機は可動式なので、蛍光灯の影響の受けない位置を探しましょう。それと、ネガはカールしているので複写は大変です。本当に欲しい部分は、請求して業者に紙焼きしてもらったほうがいいかもしれませんね。値段や期間については、調べてません。近年、国土地理院では、戦時中に撮られたNARA所蔵の空中写真をすべて複写し終え、順次、公開&販売するそうですが、整理されるのはまだ先のようです。

222225234 さて、いよいよ2階・文書資料コーナーです。ここが、いわばお宝の眠る場所で、ほとんどの研究家がこの部屋で調査を行います。写真類なども、先にあげたフロアのものは、手垢のついた(誰かがすでに調べ、発表している)ものが多く、いわゆる歴史に埋もれた真実を探すのは、この部屋にかぎります。例えば、上の真ん中の写真ですが、沖縄作戦に参加した艦船の戦闘報告書の中に、肉薄する特攻機の写真などが納められています。日本で出版される関連本は、これらの資料を参考に編集されたものですが、事実は一つでも、その解釈は筆者の意図の数だけ存在します。しかし、どんな解釈も、当時に書かれた報告書の生々しい迫力には及びません。また、公式に発表されたこととは違う、真実そのままの姿を資料から読み取ることが出来るでしょう。興味のある人間にとっては、不謹慎な言い方ですが、至福の時間を得られるのではないでしょうか。

 今回は、成増飛行場の接収やグラントハイツの建設、歴代の司令官、啓志線の建設経過など、日本では未調査のことを突き止めたかったのですが、文章資料に割ける時間が一日しかなく、さしたる成果はあげられませんでした。また、いつか訪問する機会ができればいいのですが‥。これらの資料を閲覧するには、大学の研究員であるとか紹介者が必要だとか、特別な資格や肩書きなんか必要はありません。この場所に来れば良いのです。もしも、時間と余裕のある方がおられれば、というより、時間や余裕を作って調査をしてみたい、と思う方がおられれば、是非、このNARAシリーズを参考にして米国国立公文書館新館へ出向いてみて下さい。必ず、知的好奇心を満たすことが出来るでしょう。そして、調査をしたら、その成果をどこかで発表してくださいね。あなたの報告を待っている方はたくさんいますから。

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コメント

はじめまして、一ヶ月前から拝見させていただいてます。
自分は40才代、板橋在住37年、徳丸6丁目にきて30年
になります。徳丸に来たときは、地主さんばかりで自分たち家族はよそ者扱いされておりましたが、ここ10年の間にマンションなどが建ち今では自分も古いほうの部類になっていました。

これからも更新楽しみにしておりますのでよろしくお願いいたします。

投稿: たろう | 2008年9月24日 (水) 09時39分

>たろう さま

コメントをありがとうございます。私も徳丸六丁目の人間だったので、共通する思い出も多いこととおもいます。本日は、8000ヒット記念として、徳丸の伝説的な人物を取り上げて見ましたので、お楽しみ下さい。(伝説と言っても、偉人ではありませんが。)徳丸は、ほんの数十年前まで東京都内としてはめずらしく、農村の姿を残していた地域でした。だから、当時子供だった人間にとっては、故郷という言葉が実感できる土地ですね。

投稿: オーク | 2008年9月24日 (水) 13時06分

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