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「新幹線大爆破」における板橋区のイメージについて

Syun_126img600x4451205202497vrtb001 毎日暑い日が続きますね。。夏休みに入ってこの方、宿題の参考にするのでしょうか、ありがたいことにこの板晴ブログのアクセス数も増えているような気が致します。その割りに最近更新が少なくすみません・・こんなブログでも書くときは裏を取るためいちいち調べながら書いたり、関係資料の準備に手間がかかるもんでつい・・。やっぱりね、タイトルに反してハードルを高くしすぎなんだな。もっと気楽にコラム風に書くことにしよう。

 というわけで、今回は板橋区のイメージについての私的考察。さて、板橋区のイメージってどんなものなんだろう。まあ、当然人によりけりだけど、東京23区人気アンケートなんかでは住み良さでは上位に入っている。ただし、イメージでは下位の方だ。残念ながら人は優劣を外見で判断しがちであり、内実が良くても、イメージが悪いとなんとなく人気がない地域なんだな、と思ってしまう。それは不動産価格にも顕著に現れる。板橋区内には”成城石井”などの高級スーパーもないし、出店されることもないだろう。覚えている方もいると思うけど、昭和50年代半ば、今は無き週刊誌:週間宝石が火付け役となって、東上線はダサイ(板張りのカステラ電車への中傷など)というネガティブキャンペーンが執拗に繰り広げられた。それがあちこちに飛び火して数ヶ月間話題となり、ついでに板橋区のイメージもいちじるしく低下してしまった。板橋区は東上線の通る”ダサイ”地域だと。
 私は公言している通り、趣味が板橋区であり、日々板橋区のことについての情報を見聞きするようにしている。とりわけ、社会に影響を与える存在である、著名人による言動には興味があるので見つけ次第、収集している。そこから浮かび上がってくることといえば・・まず、目に付くのは、板橋区で不遇な時代を過ごしたことに対しマイナスイメージを持っている場合。寅さんで有名な渥美清がそうですね。親の事業が失敗して”都落ち”し、病気がちで貧乏でろくに学校も行かなかった、なんてパターン。俳優の江守 徹とかもそうですね。あと、若いときに上京してきて一番貧乏で苦労した時代を過ごしたことがイヤな思い出としてある、なんてパターン。ためしてガッテンの立川志の輔 とか女優の渡辺えり子とか(正確には下赤塚駅に近い田柄だけど)他もろもろ。イヤとまで書かないけど、苦労した時代を過ごした思い出を持つ人は、日本画家の平山郁夫とか漫画家の北見けんいちなんてそうですね。まあ、板橋区関係の著名人をあげていくとキリがないのでこのへんで。

 さて、ここでそんな板橋区のイメージにぴったりとはまる映画を紹介しよう。松本清張の「砂の器」も有名?(あれは志村坂上がちらっと出てくるだけですね)だけど、その映画とは、今から33年前に公開された東映制作「新幹線大爆破」だ。何と言っても出演者が豪華。ざっと上げるだけでも、高倉健 、宇津井健 、千葉真一、小林稔侍、志村喬、丹波哲郎、渡辺文雄、黒部進等々、すごいメンバーだ。公式のストーリーはこうだ。<東京発博多行の「ひかり109号」に爆弾が仕掛けられた。その爆弾は「時速が80キロ以下になると自動的に爆発する」という恐るべき物であった。やがてデモとして仕掛けられた貨物列車が爆発脱線し、爆弾の存在は疑いが無くなる。大捜査線を展開する警察、爆弾解除を試みる国鉄、事実を知らされ騒然となる109号の1200人の乗員乗客達。博多に到着する12時間の間に事件は解決するのか?そして、犯人達の狙いは一体何なのか? 東映がパニック映画ブームに果敢に挑戦して高い評価を受け、海外でも大ヒットを記録した一本。>後のキアヌ・リーブス主演映画「スピード」の原型となったといわれてますね。はて?これのどこに板橋区が?ということだけど、この映画は単に新幹線が中心のパニック映画、じゃないんですね。でなきゃあ犯人役の主人公が高倉健のはずがない。裏のストーリーはこうだ。<オイルショック(1973年)により高度成長が終わり、その余波がまだ残っていたとおぼしき時代。学生運動に挫折した古賀(山本圭)、沖縄から上京してきたものの、仕事がうまくいかず、血を売ってその日暮らしをしていた浩(織田あきら)、そんな彼を救い上げ面倒を見始めたが、自分が経営する町工場も倒産し、女房子供とも別れてしまった中年男、沖田哲男(高倉健)。人生の敗残者である3人には、いつしか友情めいた連帯感が生まれた。社会の負け犬たちが寄り集まり、起死回生を求めて彼らが狙ったのが、高度成長の象徴の一つ、新幹線なのだ。>社会に対する恨みが犯行の動機といえばそうなんですが、むしろ体制への反抗という、アメリカン・ニューシネマ(ラストで警官隊に撃たれるところなんか特に)の影響が色濃い作品とも言えますね。
そう、”社会の負け犬たちが寄り集まった場所”それが高倉健の経営する板橋区志村(映画の設定では)にある町工場なんですね。映画では工場は河の近くにあり、志村ではなく新河岸川のそばといった感じだ。犯人側の胸の苦しくなるような人生描写しかり、都営地下鉄6号線(現在の都営地下鉄三田線)の志村車両検修場構内で繰り広げられる、犯人グループの古賀と警察官の大追跡も見応えがある。(構内にはあのなつかしい6000型の車両がずらりと並んでいる。)結局古賀は追跡を振り切り、逃げ込んだ滞在先がなじみのホステスの安アパートで、映画の場面をたよりに住宅地図で探してみると、蓮根駅近くにそのアパートは実在していた。(もちろん今は無いと思いますが。)その他、随所に、もう見ることの出来ない、33年前の板橋の風景が出てきて楽しい。まあ、くやしいのだが、犯人達の背負う悲しみを引き立たせる舞台として、これほど似合う場所は板橋区の他にはないですな。今の勝ち組・負け組で分けてしまう社会風潮を思いつつ、夏の夜長を過ごすにはグー、な一本ですよ!!

*最新の学説によると、板橋という名は石神井川にかかる板の橋からきたのではなく、台地の端の意味からきているとのことらしい。端には、いろんな人生が吹き寄せられてくるのだろうなあ・・

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コメント

かなり古い記事ですがコメント差し上げてよろしいですか。
先月(2020年5月)BSで「新幹線大爆破」が放送されたようで、外出自粛期間中ということもあって見ていた人が多く、twitterがかなり盛り上がっていました。
私は見ていませんでした。(1984年秋にテレビ放送された際に見ていて、「あれ、蓮根じゃないの?」と驚いた覚えがあります。)
高倉健さんが既に亡くなったこともあり、犯行グループのほうに入れ込む人のほうがはるかに多くみられました。
停車場所に設定させられた下関市の近隣住民が遺憾の意を呈していましたし、制作当時SNSがなくてかえってよかったのかもしれません。

高倉健さん、蓮根に来ていたのですね…
改めてしんみりしてしまいました。


6月になって、東京で実施された抗体検査結果のニュースがありましたが、サンプルが旧北豊島郡3区(豊島・練馬・板橋)だったので、twitterのあるフォロワーが「あそこ、東京ぢゃねーし。」とコメント。

即フォローから外しました。
そりゃ田舎ですよ。情けなく感じることも多々ありますよ。
でも一応は故郷ですし、今でも暮らしていますし。
いくら面白い話をしていても、そんな品のないことを平気で言う時点でアウトです。

一方で、ちょうどよい機会ですし、旧北豊島郡5区(豊島・練馬・板橋・北・荒川)は東京から独立して新たな県を作るのもよいかも、と思いました。
北多摩郡・西多摩郡・南多摩郡も各々独立して県を設置しましょう。
すると生活インフラはどうなるか、都心で偉そうにしている連中は少しは身に染みるでしょうか。

北豊島郡に設置する新しい県名は「豊島」でも結構ですが、公平を期して真ん中の頭頂部にある「志村」を取るのもよろしいでしょう。
これが本当の「志村県」。

…失礼いたしました。

投稿: Windy 41 | 2020年6月21日 (日) 11時01分

>>Windy 41さま
「新幹線大爆破」記事に付けていただいたコメントに気がつきませんでした。当該作品は前半後半にはっきり分かれ、板橋区が出るのは前半のみですが、昭和40年代半ばの懐かしい風景が映りますので機会がありましたら是非ご覧くださいませ。
私は出身の”赤塚郷”に誇りを感じておりますので、田舎扱いされようがまったく動じません。なんなら北豊島郡からはずれて赤塚区または県として独立しても構いません。場合によっては赤塚城跡に籠城して戦う所存です。なんて。

投稿: オーク | 2020年6月25日 (木) 18時47分

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